盤上の月 28
(28)
「・・・・・・オレは・・・・・」
戸惑い気味にヒカルはアキラの方を見ると、目は虚ろに漂い、肌は うっすらと赤みが差している。
肩を激しく上下させながら息をし、体中から汗を噴出していた。ヒカルの腕を握る手はガクガクと
震えている。アキラは意識が遠のいていくのを感じても腕をつかむ手にさらに力を込め、ヒカルの
胸の中へドサッと倒れ込んだ。アキラの体は そのままズルズルと落ち、ヒカルの膝の上で
ようやく止まった。
意識を失ったアキラを膝の上で受け止めながらヒカルは しばらく茫然とした。
ライバルと思っていたアキラの告白に一瞬嬉しく感じた自分がいた。でも それと同時に
その気持ちを拒否する自分もいた。そして気を失っても まだ腕をつかんで離さないアキラの
激しい一面に圧倒され驚く・・・そんな自分もいる。まだ体は熱く疼くが、もうそんな気は吹き
飛んでしまった。
まだヒカルはアキラへの想いを自分の中で完全に把握していなく、迷う気持ちのほうが強い。
腕をつかんで離さないアキラの手を なんとか解き、静かに布団に寝かせる。またタオルを額に
当てるが熱は下がらず、アキラの容態は一向に良くなる気配を見せない。
──塔矢を このままにしておくのは危険だ・・・・・。
いろいろと考えた末、ヒカルは碁会所へ電話をして晴美に助けを求めた。アキラをよく知り、
塔矢門下の棋士達に篤い信頼を持つしっかり者の晴美なら力になってくれると思った。
連絡を受けた晴美は碁会所内にいる客に事情を話し、早めに切り上げてもらい店を閉め、急いで
食べ物や薬などを山ほど買い込んだ。
猛スピードで車を走らせ塔矢邸に行き、玄関をバンッと開けながら
「アキラくんは無事なのぉおっ―――!!??」と、大声で叫んだ。
髪を逆立て顔を真っ赤にし、大荷物を両手に抱え肩でゼェゼェと息をする晴美の姿を見て、
ヒカルは思わずプッと噴出し腹を抱えて笑ってしまった。
晴美はムッとし、家に上がったときワザとヒカルの足を思いっきり踏み付けた。晴美の攻撃をモロ
に受けてしまい「いっでーぇえっ!」と、ヒカルは思わず大声を張り上げた。それを横目に晴美は
それ見た事かといわんばかりにツーンと澄ました顔をする。
晴美が現れた事で邸宅内の沈んだ雰囲気が徐々に和らいでいく。それをヒカルは肌で感じ、
ホッとした。
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