盤上の月 29
(29)
晴美はテキパキとアキラの看病を手際よくこなす。ヒカルも自ら進んで協力し、汗を含んだ紺の
ワイシャツを脱がして新しい上着に交換するなどをした。深夜の23時過ぎに やっと熱が下がり
アキラの顔からは険しさが次第に失せ、徐々に穏やかな表情に変化する。
「もう大丈夫よ 熱も下がったし。でも一応 明日病院へ連れて行くわ」
布団から少し離れて胡坐をかくヒカルに向かって、氷枕の氷を交換しながら晴美は言う。
「・・・良かった」
ヒカルはフーッと息を吐き、肩の力を抜いた。
「でも珍しいわね アキラくんが体を壊すなんて。塔矢先生が いつもアキラくんに『体調の自己
管理もプロの仕事のうち』って話しているらしく、そのいいつけを頑なに守っていたようだった
から。やっぱり、プロになると いろいろあるのかしらねぇ」
晴美は静かに寝息を立てるアキラの寝顔を見ながら しみじみ言う。ヒカルはアキラの顔を
まともに見る事は出来なく、畳に視線を移し目を伏せた。
「さてとアキラくんの容態も落ち着いたことだし。進藤くん、車で駅まで送るわ。
あとコレ、タクシー代ね」
晴美は自分の財布からお金を抜き出し、ヒカルに渡した。
慌てて断ろうとするヒカルに「あとで塔矢先生に頂くからいいのよ」と、笑ってウインクした。
「・・・・・ありがとう、市河さん」
ヒカルは ぎこちなく笑い、お金を受け取る。
「いえいえ、こちらこそ進藤くんにお礼を言いたいくらいよ。アキラくんの看病を夜遅くまで
手伝ってくれたんだから。あっ〜私、アキラくんに何かあったら生きていけないわぁ〜っ!」
晴美は胸の前に両手を組んで、おおげさに体を左右に揺する。
どこまで本気なんだか・・・・・。と、思いながらヒカルはハハ・・・と苦笑いした。でも晴美に任せれば
安心だと思った。
「市川さん、オレは大丈夫だから塔矢の側についてやって」
「でも進藤君ここまでタクシーで来たんでしょ。駅までの道分かるの?」
「うっ・・・!」
言葉に詰まるヒカルに晴美はおかまいなく、ホラ遠慮しないでと強引に腕を引っ張り車に乗せる。
ヒカルは結局送ってもらう事にした。
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