マッサージ妄想 31 - 35


(31)
得意気にこまごまとした物を陳列し始めた社をアキラは慌てて制した。
「み、見せてくれなくてもいいから」
「そうか?」
残念そうに口を尖らせて、一度出した物を元あった場所に戻し始める。それらはアキラと
出歩いていて万一の事態があった時のために持って来たという面もあったが、普段から
自分は何かと用意のいいほうだと社は思っていた。
「でもこんな色々持ってたら、いざという時オレと一緒におったら安心やろ。なあ、塔矢」
「確かにそうだね」
クスッと笑ってアキラが頷く。肯定されたことで気分が高揚し、浮かれた口が勝手に動く。
「オレ言う男は、準備がエエだけやないで。喧嘩は負けたことあらへんわ土地勘あるわ
歌は上手いわ炊事洗濯、お疲れの時のマッサージまでこなす!顔はこのとーりのオットコ前
やしなぁ。碁は・・・・・・今はアンタに敵わんけど、精進してもっともっと強なるわ。
なぁ、なかなかお得な男やと思わへん?」
「思う、思う」
アキラがクスクス笑いながら調子を合わせる。
「そやろ!?そやから、」
ふっと静かな声になって、社の手がアキラの頬に触れた。
「そやから・・・・・・オレがいつもアンタの側におって、ずーっと世話して守ってやれたら
エエのにな・・・・・・・」

しばらくそうして見つめ合っていた。
やがてアキラが視線を落とし、一筋の乱れもない前髪を僅かに揺らしてきっぱり言った。
「ダメだよ」


(32)
(ダ、ダメて・・・・・・無理とかじゃなくダメて・・・・・・!折角ええムードやったのに、そんな
アッサリキッパリ否定せんでもええんちゃうかー・・・・・・)
ショックを受けている社に向かって、アキラは姿勢を正し懇々と説き聞かせるように言った。
「社、キミにはこちらにご両親がいらっしゃるじゃないか。学校や仕事だってあるし・・・・・・
そんなキミに、ボクの側にいてもらうことは出来ないよ」
「そらま、そやけど・・・・・・」
憮然として唇を突き出す。社とて本当にそんなことを実現しようと思えば数々の困難が伴うことは
知っている。プロとは言え駆け出しの自分が、今すぐそれを実現出来るだろうとも思えなかった。
だが、たとえ今は無理でもいつか本当にそんな風になれたらいいね、そうだね、という温かな
気持ちの通い合いのようなシチュエーションを期待していた身としては、
こう理詰めで説かれるとむきになって言い返したくなってしまう。
「学校は親に行かされとるだけや。その親とは折り合い悪いし、こっちでの生活全部捨てて
アンタの側に行くゆうことも出来るんやで」
「何を馬鹿なことを言っているんだキミは!」
「馬鹿なことやない!オレ本気で考えとるわ、いつか・・・・・・」

ずっと胸に秘めていた計画を言いかけた矢先、襖の向こうでドアをノックする音が響いた。
アキラが立って開けに行く。明るい女の声音と穏やかに響くアキラの声音が交互に聞こえて、
アキラが先ほどの言い争いなどなかったような顔で戻ってきた。
「社、朝食の用意出来てるって。行こう」


(33)
その日アキラは夕方の新幹線に乗って帰ることになっていたので、それまでの半日は一緒に
過ごすことが出来た。
アキラは終始楽しそうにしていたが、社としては朝言い争った内容が心に引っ掛かり
今一つアキラとの時間を満喫し切れないでいた。
(側にいたいゆうてあんなキッパリ断られるなんて・・・・・・塔矢にとってオレの存在てどんな
なのやろ。たまに会うて、セックスして、やっぱりそれだけなんかな・・・・・・)
アキラにとって一番の存在にはなれないのだとしても、いつか東京に行って
いつもアキラの側にいられるようにして守ってやりたいというのは、アキラと初めて関係を
持って以来長らく社が温めてきた夢だった。
その夢すら迷惑だと一蹴された気がした。
凹んでいる社をよそに、アキラは道を一本入ったところに和雑貨の店を見つけ「ちょっと見てくる」と言い残してさっさと入っていった。

木造の店内はしっとりと落ち着いた雰囲気で、他に客はいないようだった。
アキラは小柄な老年の店主に手伝ってもらいながら東京の知り合いへの土産を見繕っているらしい。
若いのに礼儀正しいアキラに好感を持ったのか、店主はニコニコ顔でアキラに付き添い、
丁寧な態度で相談に乗っている。アキラも店主の言葉に熱心に耳を傾け、社が入ってきた
のにも気づかない様子だった。
「おい、塔矢」
声を掛けると、店主がジロリと片眉を上げて社の頭髪の辺りを見遣った。
(うっ・・・・・・)


(34)
思わず頭に手をやる。小学生時代からの付き合いの碁会所のおっちゃんたちならともかく、
この頭髪の色がこの年代の大人たちに決して受けが良いとは言えないことを社は知っていた。
そもそも髪をこんな色にしようと思ったこと自体、父親への反抗心から来る露悪的な動機に
根ざしてはいたのだが。
その色を見て店主は露骨に眉を顰めて目を逸らし、小さく首を振った。近頃の若い者は、
とでも言いたげな態度だ。
そんな店主の態度に思わず唇を尖らせながらも、社はしゅんと肩を落とした。
「社」
アキラがこちらに気づき、振り返る。
「ごめん、少し待っててくれるかい。お土産を見たいんだ」
「ああ、ゆっくり選んでくれたらエエで」
できるだけ優しく答えると、社はそのまま店の入り口を入ってすぐの所でアキラを待つことにした。

店主の態度を除けば、店内はこぢんまりと趣味良くまとめられており、なかなか快適だと
社にも思えた。外に比べるとやや薄暗いくらいの照明に、軒先に吊られた少し時期の早い
風鈴の音が涼しさを添えている。静かな店内に穏やかに響くアキラの声音が心地良かった。
「・・・・・・彼はこちらでの友人なんです。それで昨日今日と大阪を案内してくれて・・・・・・」
「ほお、そうですか。ただ、若い頃の友達いうのは一生を左右しますからなあ」
店主は初対面のアキラをいたく気に入ったらしい。いかにも坊ちゃん育ちなムードを漂わせて
いるアキラが、こんな不良のような髪をした「友人」に連れまわされているのが心配で
ならないらしく、勝手なことを言っている。
(なんやエライ失礼なおっちゃんやなぁ。塔矢とオレがどんな関係やったかてアンタに関係
あらへんやん。アホらし。やっぱり、外で待っとこ)
踵を返し手動扉を押して外へ出ようとした時、窓辺に並べられた瀬戸物の一群が目に入った。


(35)
中に一対の夫婦茶碗がある。
(コレ、昨日塔矢が買っとったやつとちょっと似とるなぁ・・・・・・)
箸置きや香炉や猫の置物などが所狭しと並べられた中、白地に薄青色の鞠を配したその茶碗は
なかなか渋い存在感を放っている。社はそれを手に取って眺めてみた。
(ふんふん、なるほど、こっちの大っきいほうを亭主が使うて小っさいほうを嫁はんが使う
いうわけや。女はあんまり食べへんもんな。でも塔矢くらい少食やったら、こっちの小っさい
ほうでもいけるのかも・・・・・・)
ふと、東京へ行った自分とアキラが何故か一緒に暮らしていて、揃いの夫婦茶碗で食事を
摂っているという風景が目に浮かび、しばし社をほわんと甘い気分にさせた。

「・・・・・・しろ。社」
「ぉぅわっ、なんやねん」
甘い夢に浸っていたさなか急に耳元で声をかけられて、手にしていた茶碗を取り落としそうに
なる。慌てて両手でしっかりと抱えなおした。
(ふー、セーフ)
「待たせてごめん。今包装してもらってて、もう少しかかるみたいなんだ」
「オレはちっとも構へんで。エエの見つかったんか」
「うん、思ったよりたくさんになっちゃった。社は何を見てたんだい。・・・・・・それ、」
「あ、・・・・・・コレは・・・・・・」
隠したくても隠す場所がない。社の手に包まれた女茶碗と、それと揃いの男茶碗をアキラが
じっと見ている。甘い空想を見抜かれるようで顔が熱くなる。アキラにとって自分は彼を
取り巻く男たちの中の一人に過ぎず、自分が彼と「一対」の存在になる日など来ないのだと
どんなにわかったつもりでも、ふとした瞬間についこうして身の程知らずの夢を抱いてしまう。
少し物寂しさを覚えつつ、社はそれを元の場所に戻した。
「・・・・・・なんでもあらへん。色んな種類があるもんや思て、見てただけや」
「・・・・・・」
しかしアキラは茶碗と社を交互に見つめると、意を決したようにきゅっと唇を引き結ぶと、
一対の茶碗を抱えレジへ向かった。
「おいっ、塔矢!?」



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