盤上の月 33


(33)
「なーに言ってるの! 当たり前のことをしただけよ」
背を向けながら元気のいい声が返ってくる。気遣いを感じさせない晴美の態度に感謝しながら
アキラの視線は自然と晴美の肉付きの良い腰に泳ぎ、思わず赤面した。
──ボクは、女の人に全然関心が無い訳じゃないんだな。じゃあ、なぜ進藤に対して強く意識して
しまうんだろうか・・・・・・。
アキラは視線を空に移した。陽は すでに高く上がり、冬独特の浅葱色の寒空が広がっている。
ボンヤリ考えていると庭の何処かでバサバサッと羽音のようなものが聞こえた。
音がする方に顔を向けると、前方奥の鮮やかな緋色の花をつける寒木瓜の木に、一羽のヒヨドリが
止まっていた。
「わあ、珍しい! こんな都心にヒヨドリが見られるなんて」
晴美も同じくヒヨドリに気付き、思わず感嘆の声をあげる。
「その鳥 珍しいの?」
「別に珍しくはないけれど立派な野鳥よ。
アキラくんの家の庭は広くて木も多いから鳥が集まりやすいのね」
「・・・・・・ふーん」
晴美は洗濯物を干し終えると再び邸宅に上がり、台所に向かった。そして お盆に緑茶と
ヨーグルトを乗せ軒先に座っているアキラの元に運ぶ。
「今から お雑炊作るけど少し時間かかるから、それまでの間お茶していて」
「市河さん ありがとう」
「どういたしまして」
落ち着いたアキラの様子に安堵し、晴美は台所に戻っていく。アキラは熱い緑茶を飲み、
ヨーグルトを食べながら、緋色の寒木瓜の枝に羽を休めるヒヨドリをしばらく眺めていた。
ヒヨドリは くちばしで体を繕い終えると、翼を広げ再び大空へと羽ばたく。
アキラは飛んでいくヒヨドリの姿を目で追った。



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