マッサージ妄想 36 - 40


(36)
「スミマセン、これもお願いできますか」
「お土産用で?」
「はい」
店主は大きさを確認すると、包装用の箱を探しに奥へと引っ込んでいった。
「塔矢、あれ・・・・・・あ、そうか、お父さんお母さんにもう一揃い買うて行くん」
「違うよ」
アキラは横顔で答え、また唇を引き結んだかと思うと、くるりとこちらに向き直った。
「あれはキミに・・・・・・」

真摯な瞳がまっすぐに自分を映している。社の心臓にズシンと衝撃が走った。
アキラはこれから何を言おうというのだろう。もしや、アキラもまたあの夫婦茶碗を自分と
分け合って使いたいというのではなかろうか。
(あ、でもオレら今東京大阪で離れ離れやん。・・・・・・イヤ、それならそれで会えない間
夫婦茶碗の片割れを使い合うゆうのもロマンやで!)
今度は大阪にいる自分と東京にいるアキラが同じ時間帯に、揃いの茶碗で、それぞれの屋根の下
米飯を掬っては口に運んでいる風景がもわわんと辺りに広がった。
互いの家族に知られることなく、二人で一対の茶碗を使い合う。離れていても心は一つだという
約束事のように。
(それって、めっちゃ、エエやん)
だがアキラの口から飛び出したのは別の提案だった。
「・・・・・・あのお茶碗、キミに持って帰ってもらって、キミからご両親に渡してもらえたらなっって」
「へ?」


(37)
予想外の言葉に呆気にとられている社に気づき、アキラは少し焦ったように手振りを交えて言った。
「あ、えっと。ごめん、突飛なことを言い出して。その・・・・・・キミはまだ学校の勉強とかあるのに、
今回はボクの都合で二日間も引っ張りまわしちゃっただろう?ご両親もこのことを決して良くは
思ってらっしゃらないと思うんだ。それで・・・・・・ボクからのお土産ってことで、
キミのほうからご両親にお渡ししてもらえたらと思って・・・・・・」
「いや、引っ張りまわしてたのはむしろオレのほうやと思うんやけど・・・・・・それにしたって、
なんで夫婦茶碗・・・・・・」
当然の疑問を口にすると、アキラは困ったように顔を伏せてしまった。真っ直ぐで素直な髪が
さらりと両側から零れ落ちて、主の意志に従うかのようにその表情を覆い隠す。
そんなアキラを見ながら思案する。
(今朝と今と、二回もオレが夫婦茶碗気にしとったから欲しがっとる思われたとか・・・・・・?
でもオレ、どうせ夫婦茶碗買うならオレと塔矢で使いたいで〜。なんで親・・・・・・)
「あ、」
社の頭の中で電球がピカーンと閃いた。項垂れたままのアキラの肩がピクッと動く。
思い切って口にしてみる。
「え・・・・・・とその、塔矢。もしかして、気ぃ遣うてくれたんかな。オレと親のことで・・・・・・」
少しの沈黙の後、アキラがかすかに頭を縦に揺らした。
(そか。そか。・・・・・・)
昨夜、父との事情を匂わすような会話をアキラとした。そのことと、自分が夫婦茶碗を
見ていたこととが結びついて、両親への土産に夫婦茶碗を持って帰るようなアキラの家庭環境を
自分が羨ましく感じているのではないかとか、それに類することをアキラは思ったのかもしれない。
何か仲直りのきっかけでもあればと、アキラなりに考えてくれた上での行動なのだろう。


(38)
(うーん、そやけどなあ。気持ちはありがたいけど普段ロクに親子らしい会話もせえへんのに、
いきなし土産持って帰るゆうのもなんや気恥ずかしいわー。オレかていつか親と仲直りできたら
とは思うけど、もうちょっと心の準備とか欲しいわなあ。それに親かて、喜んでくれるかどうか
わからへん・・・・・・コイツにとっては、親はいつでも土産を喜んでくれる相手なんやろうけど・・・・・・)
「塔矢、気持ちは嬉しいわ。ホンマ嬉しいんやけどな。オレやっぱり・・・・・・」
言い終わらないうちにアキラが顔を上げ、訴えかけるような瞳で見つめてきた。
言葉を選びながら、考え考えといった様子で話し始める。
「・・・・・・社、ボクが無神経なことをしているとしたら謝る。でも、こんなことを言うのも
本当に失礼で無神経だとは思うけど、ご両親だっていつまでもご健在とは限らないんだ。
だからもしキミが少しでもご両親と、その・・・・・・仲を改善したいと思っているなら、
気持ちを伝えられるうちに伝えておいたほうがいいと思うんだ・・・・・・」
アキラは僅かに身震いして、目を伏せ両腕で身体を抱くと、相手がいなくなってからじゃ
何も出来ないんだから、と呟くように言った。自分にも言い聞かせるような口調だった。

その姿を見て社の脳裏に浮かんだ記憶があった。社がまだ中学生の頃、アキラの父親である
塔矢行洋元名人が十段戦のさなか心筋梗塞で倒れ入院したことがあったはずだ。
仲睦まじい家庭環境に加え、恐らくは棋士としての父親を深く尊敬しつつ育ってきたのだろう
アキラが、当時父親の入院によって受けたショックは相当なものだったろう。
普段他人の事情に深く立ち入ることをしないアキラが、自分と親との関係についてやけに
こだわっている。また、今朝自分が親を置いてアキラのもとへ行きたいと語った時にも
アキラはそれを厳しく拒んだ。
それらはアキラ自身が父親を失いかけた時の恐怖から来るものなのかもしれないと、社はふと思った。


(39)
「それに」
小さな声が囁き、白い指が社の袖口をちょっと摘んで引っ張る。
「昨夜ボクは、キミが優しくしてくれるから好きって言ったような気がするけど・・・・・・
それも確かにあるけどそれだけじゃなくて、ボクはそうやって自分より相手のことを考えて、人に優しくしてあげられるキミが好きなんだ。ボク自身はあまりそういうの、得意じゃないから、
キミは凄いと思う。だから、ボクの知ってるキミの優しさを、キミのいい所を、
キミのお父さんたちにも早く知って欲しい・・・・・・」
目を伏せたままの、アキラにしては珍しくつっかえつっかえの言葉だった。
それでもそれを受け取った耳から、温かなものが全身に広がっていく。
アキラの「好き」がどの程度の感情を指して「好き」なのかはわからなかった。
それでもそんな風に思ってくれていたことが嬉しかった。
(ま、優しいゆうても惚れた相手に特に優しいゆうのはあるねんけどな。それは言わんとこ)

その時漸く、店の奥から店主が箱を抱えて戻ってきた。
「エライお待たせしてもうて。すぐ包みますさかい、先にお勘定のほうよろしいですか」
「あ、ハイ。お願いします」
「待ち。払うのはオレや」
「え?でもボクからご両親に」
「いや、コレやっぱり、オレから親へ買うてくわ。それに、アンタの話聞いてたら・・・・・・
なんやエライやる気出てきたゆうか、細かいこと色々考えるの馬鹿らしなって来た」
たとえ父親たちが冷たい反応を返してきたとしても、いいと思った。
優しい自分を好きだと、その優しさを早く父親たちにも知って欲しいと、アキラは言ってくれた。
この先父親たちとの間に何があっても、その言葉が自分を支えてくれるだろう。
いつか分かり合える日まで、腐らず努力していけるだろう。
それに自分が親に土産を買って帰る程度のことで、自分と親の関係に関するアキラの心配が
少しでも晴れるなら、もうそれで十分だとも思った。


(40)
「ウン、まぁ、そういうわけや。おっちゃん、おかんじょお願いします」
財布を手に向き直ると、店主が首を傾げて二人のやりとりを聞いていた。
「坊ん、親御さんへのお土産か」
「あ?ウン、まぁ、そやけど」
面と向かって聞かれるとやはり気恥ずかしいものがあった。ましてやこの店主はさっきまで
自分を胡散臭そうな目で見ていた人物だ。敵に恥ずかしい所を見られてしまったような気分になる。
だが店主は目を丸くし、「へええ、そら感心やわ。こんくらいの年の男の子が親御さんに
夫婦茶碗をなぁ」と大袈裟なくらいに頷いてみせた。一瞬皮肉を言われたのかとも思ったが、
どうやら本気で感心しているらしく、釣り銭を渡しながらポンと腕を叩いてくる。
「坊ん、自分、見かけによらずなかなか殊勝やんか、なぁ」
「見かけによらずは余計やで、おっちゃん」
「ハハハ。そこで待っとき。今包むさかいな」

一見不良のような髪をした今時の若者が、意外にも親孝行な純情青年だった。
そんな心温まるシチュエーションが効いたのか、上機嫌の店主は包装をしながら早口で良く喋った。
社も一旦打ち解けてしまえばこの年代の親父とのコミュニケーションは慣れたものである。
早口の関西弁でぽんぽん進む会話を、アキラは黙って微笑みながら聞いていた。
「ヨシ、出来たで。坊ん達もな、こっらこの人や!と思う彼女が出来たらまたウチに来て、
夫婦茶碗でも買うて行ってな」
ニコニコ笑いかけてくる店主と、会話の気安い雰囲気につい口が滑った。
「イヤー、おっちゃん。揃いの茶碗使うならオレ、女よりコイツと使いたいねん」



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