盤上の月 37
(37)
それはアキラが まだ小学6年の時の頃、明子が碁会所に来て、しばらく晴美と二人で世間話を
していた。その時 明子は、一人で黙々と棋譜ならべをするアキラの背中を見て、複雑な表情を
して晴美に胸中を語った事があった。
「アキラさんは、何でも物事を自分で解決してしまうところがあるんです。
しっかりした子ですけど、親としてはもう少し心の内を打ち明けて欲しいものですわね。
でも、それを求めるのは親のエゴなのかも知れませんけど―――」
確かにその通りだと晴美は頷いた記憶がある。
―――アキラくんは、何でもかんでも自分の中に閉じ込めてしまうところがあるのよね。
もっと いろんなことを頼って欲しいのだけれど・・・・・・・・。
碁の才能・知性・家庭環境・容姿と多々な面で恵まれているアキラは、一見完璧に見えるだけに
晴美には余計その点が一際目に付く。片手を自分の頬に当て、あれこれ思索を巡らしながら、つい
小さな溜息がこぼれる。晴美の視線は思い出から再び目前のアキラに戻る。
アキラは自分の作った鍋焼きうどんを黙々と おいしそうに食べている。
顔色も良くなり、徐々に健康を取り戻しているのが分かる。これ以上先はむやみに踏み込むべき
ではないと晴美は感じ、アキラが元気でいればそれで充分だと改めて自分に言い聞かす。
「ご馳走様でした」
アキラは土鍋に箸を揃え置き、笑顔で晴美に言う。
「どういたしまして」
食べ残しなく綺麗に空になっている土鍋を見て、晴美は満足気に お茶をもう一口すすった。
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