マッサージ妄想 37 - 38
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予想外の言葉に呆気にとられている社に気づき、アキラは少し焦ったように手振りを交えて言った。
「あ、えっと。ごめん、突飛なことを言い出して。その・・・・・・キミはまだ学校の勉強とかあるのに、
今回はボクの都合で二日間も引っ張りまわしちゃっただろう?ご両親もこのことを決して良くは
思ってらっしゃらないと思うんだ。それで・・・・・・ボクからのお土産ってことで、
キミのほうからご両親にお渡ししてもらえたらと思って・・・・・・」
「いや、引っ張りまわしてたのはむしろオレのほうやと思うんやけど・・・・・・それにしたって、
なんで夫婦茶碗・・・・・・」
当然の疑問を口にすると、アキラは困ったように顔を伏せてしまった。真っ直ぐで素直な髪が
さらりと両側から零れ落ちて、主の意志に従うかのようにその表情を覆い隠す。
そんなアキラを見ながら思案する。
(今朝と今と、二回もオレが夫婦茶碗気にしとったから欲しがっとる思われたとか・・・・・・?
でもオレ、どうせ夫婦茶碗買うならオレと塔矢で使いたいで〜。なんで親・・・・・・)
「あ、」
社の頭の中で電球がピカーンと閃いた。項垂れたままのアキラの肩がピクッと動く。
思い切って口にしてみる。
「え・・・・・・とその、塔矢。もしかして、気ぃ遣うてくれたんかな。オレと親のことで・・・・・・」
少しの沈黙の後、アキラがかすかに頭を縦に揺らした。
(そか。そか。・・・・・・)
昨夜、父との事情を匂わすような会話をアキラとした。そのことと、自分が夫婦茶碗を
見ていたこととが結びついて、両親への土産に夫婦茶碗を持って帰るようなアキラの家庭環境を
自分が羨ましく感じているのではないかとか、それに類することをアキラは思ったのかもしれない。
何か仲直りのきっかけでもあればと、アキラなりに考えてくれた上での行動なのだろう。
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(うーん、そやけどなあ。気持ちはありがたいけど普段ロクに親子らしい会話もせえへんのに、
いきなし土産持って帰るゆうのもなんや気恥ずかしいわー。オレかていつか親と仲直りできたら
とは思うけど、もうちょっと心の準備とか欲しいわなあ。それに親かて、喜んでくれるかどうか
わからへん・・・・・・コイツにとっては、親はいつでも土産を喜んでくれる相手なんやろうけど・・・・・・)
「塔矢、気持ちは嬉しいわ。ホンマ嬉しいんやけどな。オレやっぱり・・・・・・」
言い終わらないうちにアキラが顔を上げ、訴えかけるような瞳で見つめてきた。
言葉を選びながら、考え考えといった様子で話し始める。
「・・・・・・社、ボクが無神経なことをしているとしたら謝る。でも、こんなことを言うのも
本当に失礼で無神経だとは思うけど、ご両親だっていつまでもご健在とは限らないんだ。
だからもしキミが少しでもご両親と、その・・・・・・仲を改善したいと思っているなら、
気持ちを伝えられるうちに伝えておいたほうがいいと思うんだ・・・・・・」
アキラは僅かに身震いして、目を伏せ両腕で身体を抱くと、相手がいなくなってからじゃ
何も出来ないんだから、と呟くように言った。自分にも言い聞かせるような口調だった。
その姿を見て社の脳裏に浮かんだ記憶があった。社がまだ中学生の頃、アキラの父親である
塔矢行洋元名人が十段戦のさなか心筋梗塞で倒れ入院したことがあったはずだ。
仲睦まじい家庭環境に加え、恐らくは棋士としての父親を深く尊敬しつつ育ってきたのだろう
アキラが、当時父親の入院によって受けたショックは相当なものだったろう。
普段他人の事情に深く立ち入ることをしないアキラが、自分と親との関係についてやけに
こだわっている。また、今朝自分が親を置いてアキラのもとへ行きたいと語った時にも
アキラはそれを厳しく拒んだ。
それらはアキラ自身が父親を失いかけた時の恐怖から来るものなのかもしれないと、社はふと思った。
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