盤上の月 39
(39)
その様子・それは―――鋭利な刃のような青白い光が瞳に走り、眼光は一段と強まる。
そして、猛る獅子の牙を秘めながらも、常に沈着冷静で王者のような威厳ある風格を放ち、
力強い品格を匂わす。15歳にしてアキラは、それらをごく自然にその身に深く宿しつつある。
早熟・異彩で強力なカリスマ性を持つ天才棋士は、多くの人々の目を惹きつけてやまない。
囲碁関連の出版物で、塔矢アキラの名が出ない号は、もはや考えられない常識となりつつある。
「・・・・・・・・・・ありません・・・・・・・」
中年男性の八段棋士は、一時間ほど長考するが、結局盤上に新たな活路を見いだせなく投了し、
アキラの中押し勝ちとなった。自分の子供ほどの年齢の棋士に数十年厳しい勝負の世界に身を置い
てきた中年棋士は「・・・ありがとうございました」と、深々と頭を下げ、か細い声を必死に喉から
絞り出す。
「ありがとうございました」
アキラも一礼して碁石を片付ける。この棋士もアキラの記憶には残らないで、その存在は闇の彼方
に葬られる。
中年棋士は長年の経験から、どんな碁も無駄ではなく次の対局に向上出来るように繋げればいいと
頭では理解してはいるものの、悔しさを通り越して深い絶望に打ちひがれている。
あまりにもかけ離れた自分との器の違いに、長年に渡り培われたプライドは脆く崩れ落ち去る。
プロの対局は盤上での闘いの結果が全てであり、蓄積された経験・努力も敗北の字の前には地にと
ひれ伏す。そんな惨めな自分を恥じたのか中年棋士は、そそくさとアキラの前から姿を消す。
アキラの対局相手が去った後、多くの棋士達がひしめく棋院六階の大部屋に、一瞬冷たい空気が
流れた。
アキラは悠然と構え、ゆっくりと腰を上げ場を離れる。他の棋士達の碁石の打つ音がアキラの耳に
心地良く聞こえた。
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