盤上の月 40
(40)
アキラは帰りの電車の中で ふとヒカルの事を思い出していた。記憶には無いが、熱を出した時
親身になって看病をしてくれたと晴美から聞いていた。一言礼を伝えたく電話を何度もかけたが
生憎間が悪く、いつもヒカルは留守だった。電話をかけた都度、アキラはヒカルの家族に電話を
くれるようにと伝言を頼むが、何故かヒカルからは音沙汰が無い。
これまでは打ち合わせなどの用事で度々ヒカルの家族に伝言する事が何回かあったが、その時は、
必ずヒカルから電話があった。だから余計に今回の事の流れは、アキラは何か腑に落ちないところ
がある。きっと進藤も いろいろと忙しいんだろうな・・・などと思ってはみるが、それでも電話
ぐらいは出来るだろうという考えが強く頭を占め、内心あまり面白くない。
邸宅に帰ると、棋院の大部屋対局の熱のこもった空気とは異なるガランとした静かな空間があった。
あと数日で行洋達は韓国から帰国する予定なので、しばらくアキラ独りで邸宅を過ごす。
今までも留守を預かる事が多かったのに、何故か今日は独りでいるのがアキラには嫌に感じた。
今日から晴美は邸宅に来ない事になっているので、アキラは1人で夕食を作り、黙々と食事をする。
塔矢家では食事をする時テレビはつけないのが習慣なので、1人で食事をする風景は かなり静か
なものがあるが、アキラには その環境が当たり前なので苦にはならない。
まだ体調が本調子ではないので、早めに風呂に入り、床に就いた。
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