盤上の月 41
(41)
真夜中、アキラの閉じていた瞼が いきなりパチッと開き、宙を見る。
霞む目を擦りながら布団から手を出して、枕元の目覚まし時計を見ると、針は まだ2時を過ぎ
たばかりだった。辺りはまだ暗い。体は疲れているはずなのに頭が冴えているらしく、一向に眠り
は訪れない。
しばらくするとアキラの胸中に いろんな事が絶えず思い浮かんでは消えていく。
こうなると もうなかなか寝付けない。
仕方なくアキラは頭に盤面を思い浮かべ、いろんな一手の模索を始めた。
だがその時、その流れを遮るように いきなりヒカルの姿が鮮明に浮かび上がる。途端、アキラの
心は ひどく動揺し、頭の中で展開していた棋譜は、瞬時に消え去った。
ヒカルの事を想えば想うほど、どうしようもない切なさが、胸をキリキリと締め付ける。
──碁は努力したら、それだけ自分の力となって棋力が身に付くのを感じる。だが、この分野だけは
それが通用しない。努力したからといって決して報われる訳でもない。なのに どうして自分は
そんな感情に振り回されているのだろうか・・・・・・。
碁は独りでは成り立たない。碁盤の前に二人の人間が揃い、その者達の魂と魂とのぶつかり合いで
創り上げていく陰陽の系譜・・・・・・ それが碁だとアキラは思っている。
神の領域に踏み入る遥かなる高み。究極の一手の極み。
地道な一手・一手の追求が やがて「神の一手」に近付く。その世界に生涯携わる事が何よりも
至福だとアキラは思っていた。
自分の魂の全てを碁に捧げる事に何も疑いを持たなかった。
ヒカルと出会うまでは―――。
ヒカルと出会ってから その考えは一変し、アキラの中に碁以外の関心が湧いた。
魂の奥から揺さぶりをかけるように、ふつふつと湧き上がる想いがアキラの心を占めつくす。
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