盤上の月 42


(42)
「神の一手」を極めたいというアキラの感情を例えるなら、それは炎に値するような激情。
その炎の色は、アキラ自身の瞳奥に潜み蠢く鮮烈な青。それらは お互いを引き寄せ呼び合い、
重なるように共鳴する。
今までは自分を客観的に見据える理性が激情を静め、冷静さを保つ水のような役割を担っていた。
しかし、アキラの中に新しく芽生えた感情の前に理性は刃が絶たなく、灼熱と燃え盛る炎の前に
蒸発し、姿を留める事が出来ない。
理性や常識という枠組みで激情を冷やすには、もうすでに不可能になっていた。
アキラのヒカルに対する想いや、「神の一手」を究めたいと願いは、激しく燃え盛る炎のような
感情でもある。これまでアキラは いつも一つの炎を身に秘めていた。その炎を心に保つ事が
精一杯だった。なのに、また新たにもう一つの炎を心に生み出し、身に宿そうとする。
アキラには一つの炎を制する事は出来ても、二つは難し過ぎた。
それは体に収まりきらなく、外へと溢れ出す。
ヒカルへの想いと「神の一手」の二つの炎に似た激情は、一つに混じり合い熱を増して、より過激
に荒々しく燃え盛る狂炎と化し、アキラを覆いつくす。狂気を含んだ炎は、ゴオオオと音を立てて、
アキラの全てを焼き尽くそうとする。
アキラは悶え苦しみ、布団の中で のた打ち回る。
何故、自分はこんな目に遭うのだろうと思うが、それは誰のせいでもなく、狂気の炎は自分自身が
生み出したという事実を前に、その自問は空虚となる。
息は絶え絶えとなって詰まり、思考は途絶え、常にヒカルの姿が脳裏に漂う。動悸は激しくなり、
自分の想いは報われる事は決して無いという虚無感に苛まれ、心は闇に同化しようとする。
あまりの苦しみに耐えられなくなり胸を両手で押さえ、堪らず布団から畳の上に這い出る。
すると、アキラの目に何か白く光る物が飛び込んできた。
その柔らかく白い光は、何処か荒れ狂う心を静めてくれるような気がして、それは何かとアキラは
必死に目を凝らす。アキラの彷徨う視線は、障子の隙間から差し込む月の光に さらされる碁盤に
止まった。



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