盤上の月 43
(43)
暗闇の中、月の柔らかな淡い光に照らされ、盤上を青白く反射している碁盤
その光景は、神々しく幻想的でもあり、厳粛的──。
アキラの心は、そのように捉えた。
アキラは重い体を起こして、引き寄せられるかのように碁盤の元まで ふらつきながら歩く。
そして震える手で障子を開けると、ガラス窓の向こうには、群青色の夜空に白く淡い光を纏う満月
が見える。
障子を全開して月の光を部屋に招き、碁盤の前に正座する。
すると、自分を激しく包んでいた激情の炎が少しずつ遠ざかって、火が小さくなっていくのを
感じた。絶え絶えになっていた息は、だんだんと落ち着き、呼吸は一定のリズムに戻る。
棋士にとって盤上は神聖な場=B
呼吸が元に戻ると同時に、全身がピシッと引き締まる。
アキラは盤上から碁笥を下ろして自分の膝元に寄せる。そして蓋を開け、白と黒の碁石を大事に
一つずつかみ盤上に打った。
碁盤の四角い形は地を象(かたど)り、盤上の線(路)は地上の時の移ろいを表す。
碁石は天空を象り、白と黒の色は陰陽(昼と夜)を表す。盤上に白と黒の碁石を置くと、そこには
広大な宇宙が展開する。
じっと盤上を眺めるアキラに陽を表す白の碁石は、明るくて屈託の無いヒカルを連想させた。月光
を浴びる白石は、闇の中でほのかに浮かび上がり、その穢れの無い白さがアキラの目に眩しく映る。
アキラは続けて碁を打ち続けた。次第に炎は下火になり、心奥底で静かに眠りについた。
でも、またいつか再び燃え盛る時が来るかも知れない・・・アキラは密かに恐れた。自分が生み
出した炎に真正面から向き合う時が、必然的にこの先訪れるであろうとも感じた。
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