盤上の月 49
(49)
対局は終了した。
アキラの5目半勝ちだった。ヒカルはジッと盤上に視点を落としていて動かない。
いつもは憎まれ口の一つや二つを言うのが当たり前なのに、今日は ただ静かに黙っている。
明らかにヒカルの様子が普段と違う事にアキラは不思議に思った。
「進藤、いったい今日は どうしたんだ?
いつものキミらしくないし。何かあったのか?」
その時、ヒカルは今日初めてアキラの目を真正面から見据えた。ヒカルの目は、何処か強い怒りを
含んでいるようにアキラは感じた。
何故そのような目で自分がヒカルに見られるのか、アキラは まったく分からない。
「──塔矢、お前に話があるんだ」
「話?」
ヒカルは店内を気難しい表情で見回す。
「ここではできない・・・・。外へ行かないか・・・?」
「・・・それは別にかまわないが・・・・・・」
ヒカルが何を考えているかアキラには全然理解出来ない。分かる事といえば、今のヒカルは
何らかの事に強く動揺しているという事。それは今の盤上の一局で分かる。
何かに酷く心揺れているような、少し不安定で危なげな石の流れ。迷いの手の数々。
明朗活発な いつものヒカルの碁らしくない。
アキラとヒカルが碁会所を出た途端、店内がザワザワと騒然になる。常連の客達は、いったい何が
起こったのかと次々と話し始める。今までの二人のやり取りをよく知る常連客の一人である広瀬は
困惑した表情を晴美に向けた。
「市河さん 今日の進藤くん、なんか様子がおかしかったね。それに終局まで対局中にあの2人が
一言も口を聞かなかったことってなかったよね?」
「ええ、そうよねぇ・・・」
何が起こったのか晴美には分からない。晴美の胸に、何かこれから大変な事になるのでは
ないか・・・・・・という一種の胸騒ぎがした。
|