盤上の月 50
(50)
アキラとヒカルは、碁会所を出て近くの大きな公園に行き、噴水前のベンチに座る。
空は晴れ渡り透き通るような青空が広がり、噴水の水の粒は光に反射してキラキラと白銀に輝く。
柔らかな日曜日の午後がゆっくり流れる中、二人の間には張りつめた空気が辺りを包む。
ヒカルは一向に話し出す気配を感じさせなく、ただ黙って眼前の噴水をジッと見ている。
時間だけが流れて らちが明かないので、アキラから話をきり出す。
「進藤、話とは何だ? 黙っていても何も分からないだろ」
「・・・・・・・・・」
ヒカルは無言でアキラの方を見た。
「──お前、本当に何も覚えていないのか?」
「またそれか。いったい何のことだ?」
ヒカルは また黙ってアキラの顔をじっと睨むように見る。最初 ヒカルの表情は怒りに満ちて
いた。が、次第に目には悲しみの色を帯び、徐々に悲痛な表情に変わっていく。
──対局では何食わぬ澄ました顔をして碁を打つ。でも この前は目をギラギラさせて欲情し、
オレに抱かれようとする・・・・・・。
いったいどっちが お前の本当の姿なんだっ!?
普段は穢れなど一切知らない清廉潔白な印象で、威厳ある雰囲気を纏うアキラ。
でも、熱を持ち濡れた蠱惑的な瞳でヒカルを見つめ、白い肌を惜しげなく全てヒカルに預けようと
するアキラ。どちらも塔矢アキラという人物の持ち合わせている一面である事に、ヒカルは
恐ろしくなる。
どんな人間にも表の顔と裏の顔の二面性があるのは、ヒカルにも理解できる。もう何も知らない
無垢で幼い子供ではない。厳しい勝負の世界に生きる事を定めた人間でもある。
だが、アキラは強烈な光と闇を持つ。それらが深く交じり合い混沌とする性質を ごく当然に最初
からそこにあるかのようにアキラの中に存在している。それは あまりにも自分とは違う異質な
ものだとヒカルは感じる。
ヒカルはアキラの顔から自分の足元に視線を移し、左右に頭を振る。そして目を瞑った。
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