マッサージ妄想 53 - 54
(53)
「ボクは、キミの気持ちに応えられない」
「・・・・・・そか」
「・・・・・・手を離してくれないか」
「・・・・・・」
社は自分の手の中のアキラの手を眺めた。昨夜、自分の手の平にすっぽりと収まるアキラの
足を本当に可愛いとつくづく眺めたように。
(コイツの手が対局の時石を持つのを見たことある奴はぎょうさんおっても、こんな風に
直にこの手に触ったことある奴は少ないのやろな・・・・・・)
誰もが畏れ、時には憧れすら抱くのだろうその手が、今このひと時は自分の手の中にあって、
そして間もなく永遠にすり抜けていこうとしている?
(・・・・・・それでも、言わずにおれんかった)
自分を誤魔化して、媚びてアキラの側にいるよりも、どんな結果になろうとありのままの
自分を一度、全部アキラに見てもらいたかった。
こんな風に自分はアキラを好きで、こんなにも自分はアキラを好きなのだと。
案の定引かれてしまったらしくアキラは手を離せと言う。だが、それなら自分で振りほどいて
見せろというのだ。引導を渡してもらわないうちはこちらとしても諦め切れないではないか。
「はっきりさせたいんやけど、塔矢がさっきから色々言うとるんは、もうオレと別れたいいうこと?」
「・・・・・・ボクが別れたいとかそういうことじゃない。ただ、気持ちが噛み合わないのに
無理やり一緒にいても、お互い傷つくばかりだとは思わないか?」
「まわりくどい言い方せんといてやー。オレの気持ち知って嫌気差してもた?その・・・・・・
オレのこと、・・・・・・もう嫌い?」
嫌い?と口にしただけで目の縁に熱いものがこみ上げる。ここでああ、お前なんか嫌いだ!と
返されたら自分は幼児のように大泣きしてしまうかもしれない。だがアキラは、
「えっ?何を言ってるんだ。ボクはキミのことを好きだって、今言ったばかりだろう」
何度も言わせるなとばかりに、そう言ってぐっと胸を反らした。
(54)
「へ?・・・・・・えと、オレのことまだ好いててくれとるん?」
「ああ。昨夜から何度も言ってると思うんだけど?キミは人の話を真面目に聞いていないのか?」
多少苛々としてきた様子でアキラは言った。
「いや、それはそやけど。オレ、碁の腕だってまだまだアンタと全然釣り合わへんやん。
そやから、オレなんかがアンタと対の立場になりたいとか思おとるの知って気分害したんかと・・・・・・」
「社・・・・・・キミの囲碁センスは倉田さんが認めたものだ。ボクも北斗杯予選で進藤とキミの
対戦を見た時には興奮を覚えたよ。北斗杯での経験も今後のキミにとってきっと大きな
プラスになって行くだろう。碁に対する姿勢も、まあ最初は甘い所も見られたが最近は随分と
改善されて来たようだし・・・・・・努力を怠らなければ、キミは恐らく今後どんどん伸びていくと
思うよ。自信を持っていい」
「お、おう。そうか?」
急に力強く瞳を輝かせて自分を励まし始めたアキラに戸惑う。
(いや、そら誉めてくれるんは嬉しいけど・・・・・・今オレら、別れるか別れないかの瀬戸際やで?
なのに碁の話になると目ぇ輝かしよるなんて、真剣味足りんにも程があるっちゅうねん!
てゆうかそもそも、塔矢もまだオレのこと好きやゆうなら別れる必要なんて、)
「で、なんの話をしていたんだっけ。ええと、・・・・・・ああ、そうか」
アキラの声のトーンがゆっくりと落ちて、目が伏せられる。
「・・・・・・だから、キミには何の問題もない。問題があるのは、誰とも“対”になんかなれない
のは、ボクのほうだから・・・・・・」
両手の中に包んだままのアキラの手が、かすかに震える。
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