マッサージ妄想 61 - 65
(61)
「・・・・・・ミも、・・・・・・ったよね?」
「ン?」
「キミも、ボクのこともう嫌いになったよね?」
見るとアキラは泣き出しそうになるのを抑えるかのように唇を噛み締めながら、黒い瞳で
じっとこちらを見つめている。潤み切ったその眼の縁に、新しい透明な涙が今にも零れ落ちそうに
せり上がる。
「イヤ、なってへんで」
「気を遣ってくれなくていい。はっきりさせたほうがお互いのためだ」
「一人で話進めるなっちゅうねん。今アンタの話全部聞いたけど、そやからって聞く前と
比べてオレの気持ちはなんも変わらへん。そら誰彼構わず寝たくなる言うんは、実際行動に
移してもーたら問題やで。やっぱり相手は、ある程度選ばなアカン!・・・・・・敢えてアンタの
ためとは言わんわ。相手のためや。で、そのせいで人生狂うた奴もおる言う話やったな。
そやけど、ソイツは確かに気の毒か知れんけど、ソイツかてアンタと寝たい思て寝たのやろ。
アンタオレと同い年で、ソイツ多分アンタより年上やろ。アンタから誘ったにしろ、実際に
手ぇ出したんはソイツにも責任あるやん!アンタ一人がそこまで悩まなアカンことなんかいな。
・・・・・・オレ何かおかしなこと言うとる?」
「いや、・・・・・・ごめん、今ちょっと混乱してるみたいで、頭が働かない・・・・・・」
「ウン、そか。・・・・・・ならなんも考えんでエエから、一旦全部置いといて、頭空っぽにして聞き。
・・・・・・とりあえずオレ、塔矢から離れへんよ」
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アキラの眼が驚いたように見開かれる。一瞬涙も引っ込んでしまったかのように。
「塔矢がもうオレに嫌気が差して、顔も見たないとか言うんなら話は別やけど、塔矢もまだ
オレのこと好きやゆうてくれとるのに、こんなことで離れようなんて思われへん」
「こんな話聞いて・・・・・・呆れてないの」
「いや、どっちかっちゅーと細かいこと思いつめて悩むやっちゃなあて、そっちのほうに
呆れたゆうか」
「ボクはこんな奴だから、この先もキミが望むような関係になれるかどうかわからないよ?」
「そやから、・・・・・・自分のこと、こんな奴とかゆーなや。オレが好きで離れへん言うとるん
やからエエやろ。アンタたぶん、一人の奴の言うこと気にしすぎやと思う。アンタにとって
どれだけ大きな存在か知らんけど、ソイツの言う事が絶対正しいなんて限らんやろ。
現にソイツはみんなアンタから離れてく言うたみたいやけど、オレはアンタから離れへん。
・・・・・・ホラ、ソイツ間違うとるやん」
「・・・・・・」
「アンタが他にも好きな奴おる言うのは、そっら正直、寂しいでー!そやけど、それなら
オレがもっとエエ男になって、碁ももっともっと強なって、アンタがよそに目移りする暇も
あらへんくらいメロンメロンにしたればエエんや!そや、塔矢アキラメロメロ計画、本日
これよりスタートや!」
「え、ボクが何だって?メロ・・・」
「まあ、エエやん。とにかく、相手がちょっと自分の思い通りに行かんから言うてそのたんび
投げ出してたら、なんも始まらへんやろ。碁も、恋愛も。・・・・・・オレの親との事もな。
そやから、オレアンタから離れへん。いつかアンタがオレのこと一番好きや思おてくれるまで、
精一杯足掻かせてもらうわ。アンタが嫌や言うてもそうさせてもらう!もう決めた!」
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アキラは難しい顔で視線を外し、眉を顰めた。
なるべく力強い口調で宣言してはみたものの、社の心臓はまだ強い不安感でバクバク言っていた。
(これでもし、コイツがそれでもやっぱり別れる!言い出したら・・・・・・それでも縋ったら
未練がましい男や思われるやろか。いや、俺がどう思われようとこの際構へん!百歩譲って、
別れるのも構へん!そやけど、コイツが自分に自信持てへんで出来損ないとか思おたまんま
別れるんは、オレかてキツいでぇ・・・・・・)
この際、相手は自分でなくともいい。自分など永遠に忘れ去られてしまっても構わない。
ただ、アキラがきちんと自らを肯定し、人と関わることを恐れないでいられるようになって欲しかった。
食い入るような眼差しで社が見守る中、アキラがゆっくりと顔を上げた。その表情はまだ
どこか迷いを含んで揺らいでいるが、涙は収まったようだ。
普段よりは幾分硬い声でアキラが切り出す。
「社」
「何や」
「ボクは今まで気が動転していたから気づかなかったけど・・・・・・この体勢は、傍から見て
かなり妙なんじゃないか?」
「あ?」
言われてみてハッと気づく。さっき自分の頬を撫でてくるアキラの手を捉え下ろしてから
自分たちはずっと、男二人で手を握り合っているような体勢のまま会話をしていたのだ。
だが、自分の手の中からすり抜けて引っ込もうとするアキラの手を、社は反射的にぎゅっと
握り留めた。
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(う、オレ手の平にいっぱい汗かいとる・・・・・・)
普段は乾燥している手の平が、アキラとの会話で緊張したせいかどろどろに濡れていた。
アキラは不快に思うだろうか。
だがそれでも、今ここで何の答えも得られないまま手を離したらアキラが永遠に自分の手の中
からすり抜けていってしまいそうで、力を緩めることができない。
非難するように見つめてくるアキラの瞳から眼を逸らすこともできない。
「先に返事聞かせて欲しい。・・・・・・オレ、これからも塔矢の側におってエエ?」
見つめあったまま、静かな一瞬があって、アキラがすっ・・・と顔を背けた。
(ダ、ダメちゅうことかぁ――――――!?)
のけ反りそうになる社をよそに、アキラは横を向いたまま、怒ったような低い声で言った。
「・・・・・・ボクが嫌だって言っても、そうするんだろ」
「え?」
「もう決めたって、言ったじゃないか。だったらボクが返事なんてするまでもない、好きに
すればいい。・・・・・・いや、そんな言い方はフェアじゃないな。つまり、ボクが言いたいのは、」
アキラがこちらに向き直り、真っ直ぐに視線を当ててきた。
「・・・・・・その、ボクはまだ混乱していて、こうするのがいい事なのかどうかわからないけど、
でもキミがボクを好きだって言ってくれて本当に嬉しかったし、ボクがキミを好きだっていう
のも本当なんだ。だから、もしキミがまだ、ボクの側にいてもいいと思ってくれているなら」
話しながらアキラの顔が見る見る赤く染まり、それと同時に照れ隠しのように眉間に皴が寄っていく。
「これからも・・・・・・」
そこまで言って、耐えかねたようにアキラは目を伏せ、息をついた。
それからまたキッと顔を上げ、キラキラとした強い瞳で見つめてくる。その瞳の中に今は
自分一人が映っている。
「社。・・・・・・これからも、よろしくお願いします」
手を繋いだまま、改まって一礼したアキラの頭が、社の心臓の真上にコツンと触れた。
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「・・・・・・オレも。ヨロシクお願いしますっ」
力を込めて言う。
顔を上げたアキラと二人、照れ臭そうに見つめあう。
「じゃ、社。そろそろ手」
「お、スマン」
パッと離してしまった後で後悔する。次にアキラに触れられるのはいつになるかわからない
のだから、最後にもう一瞬、その温もりを心に刻みつけてから離せば良かったかもしれない。
社の手が物足りなさそうに二、三度ゆっくりと空を握って、静かに身体の脇に下ろされた。
「・・・・・・手、スマン。ベトベトにしてもーたやろ」
「え?あぁ」
言われて気づいたというように、アキラが両手に目を遣った。
「あ、そや。オレ、ウェットティッシュ持っとった・・・・・・」
自分は何故こんな時にまでこうも準備がいいのだろうと歯噛みしたい気持ちで
社はスポーツバッグから薄型の箱に入った携帯用のウェットティッシュを取り出し、
ぶっきらぼうにアキラに差し出した。
「ありがとう」
受け取った箱から一枚取り出そうとして、アキラは社が両手を後ろに組み目を逸らしている
のに目を留めた。
「社、キミは?」
「あ、んーと。オレはエエわ」
さっきまでアキラに触れていた両手を護るようにポケットの中に突っ込み、明後日の方向を向く。
そのまま社は唇を尖らせ、気を紛らすように調子っぱずれの「上を向いて歩こう」を口笛で吹き始めた。
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