マッサージ妄想 65 - 66
(65)
「・・・・・・オレも。ヨロシクお願いしますっ」
力を込めて言う。
顔を上げたアキラと二人、照れ臭そうに見つめあう。
「じゃ、社。そろそろ手」
「お、スマン」
パッと離してしまった後で後悔する。次にアキラに触れられるのはいつになるかわからない
のだから、最後にもう一瞬、その温もりを心に刻みつけてから離せば良かったかもしれない。
社の手が物足りなさそうに二、三度ゆっくりと空を握って、静かに身体の脇に下ろされた。
「・・・・・・手、スマン。ベトベトにしてもーたやろ」
「え?あぁ」
言われて気づいたというように、アキラが両手に目を遣った。
「あ、そや。オレ、ウェットティッシュ持っとった・・・・・・」
自分は何故こんな時にまでこうも準備がいいのだろうと歯噛みしたい気持ちで
社はスポーツバッグから薄型の箱に入った携帯用のウェットティッシュを取り出し、
ぶっきらぼうにアキラに差し出した。
「ありがとう」
受け取った箱から一枚取り出そうとして、アキラは社が両手を後ろに組み目を逸らしている
のに目を留めた。
「社、キミは?」
「あ、んーと。オレはエエわ」
さっきまでアキラに触れていた両手を護るようにポケットの中に突っ込み、明後日の方向を向く。
そのまま社は唇を尖らせ、気を紛らすように調子っぱずれの「上を向いて歩こう」を口笛で吹き始めた。
(66)
(う〜ん、泣きたい気分の時はやっぱコレやわ・・・・・・)
子供じみた感傷だとわかっていても、アキラが自分と触れ合っていた痕跡を目の前で
あっさりと拭い去る光景は見たくなかった。
折角これからも側にいると約束したばかりなのに、アキラはもうすぐ東京へ帰ってしまう。
(次はいつ会ってこんな風に触れるかわからへんのや。・・・・・・塔矢が手をキレイにしても、
オレは今夜、手ぇ洗わへん!洗わへん・・・・・・)
懸命に口笛を吹く社をアキラはしばらくポカンとした表情で眺めていたが、やがて社が
涙目なのに気づくと、使わないままウェットティッシュの箱を突き返した。
「社が使わないなら、ボクもいいよ」
「遠慮せんと使うたらエエ・・・・・・」
暗く呟いてまた涙目で口笛を吹き出す社の耳に、アキラが軽く溜め息をつく音が聞こえた。
(塔矢、ガキ臭いて呆れとるのやろな・・・・・・守りたいとか面倒かけへんとか言うたくせにって・・・・・・
でも仕っ方あらへんやん!好きなんやから!どうせオレはガキや!我侭モンやー!)
「社、こっち見て」
半ベソで振り向くと、アキラは両手で自らの頬を覆っていた。形の良い手で頬をぴったりと
包み込み、気持ち良さそうに目を閉じて、何度も擦り付けるように顔全体を撫で回してみせる。
まだその手は社の汗でべとついているだろうに、汚いものなんて何もないとでも言うように。
「・・・・・・」
「社。・・・・・・大丈夫。ボクだって離れたくなんかないから」
優しく宥めるような微笑みで言われて、急に自分が取った態度が恥ずかしくなる。
「・・・・・・スマン」
「いいよ。ところで、今日もたくさん歩いたよね」
「あ?ああ」
「ボク脚が疲れちゃって、このまま新幹線で帰るのは辛いみたいなんだ。だから、離れたく
ないついでに・・・・・・」
――もう一晩泊まって、キミにマッサージしてもらおうかな?
社の耳元に口を寄せてアキラが囁いた。
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