マッサージ妄想 76 - 80
(76)
ばらばらと浴槽に叩きつけられるシャワーの音すら、自分たちを煽っているように聴こえた。
男二人には狭過ぎる浴槽の中で、高い声と共にアキラの体重が腿と腰とに掛かるたび、
胡坐を掻いた膝や背中が浴槽と擦れ合ってごりごりと痛んだ。明日の朝には痣だらけになって
いることだろう。
(いくらでも痣になってくれたらエエ)
この一時を共に過ごした後はまたアキラのいない長い日常が始まる。
痣。肩の噛み傷。つややかな湯呑み。一晩だけアキラの身体を包んでいたシャツ。
そんなものをよすがにしながら、また来る日も来る日も自分の腕の中にいないアキラに
焦がれ続けるしか自分には手立てがないのだから。
「ん?塔矢、どした」
引っ切りなしに揺すられ切ない喘ぎを洩らしながら、アキラが懸命に身体を捩ってこちらを
向こうとするのに気づき社は一旦動きを止めた。
「・・・かお、」
「ん?」
小刻みに震える呼吸を繰り返す唇に耳を近づけてやる。
「顔が見えない、・・・・・・キミの顔が見たい」
「こうか」
濡れた肩に後ろから顎を密着させて覗き込み、しっかり視線を合わせてにっと微笑んでやると、
アキラも上気し汗に濡れた顔で嬉しそうに笑った。
切れ長の大きな瞳がキラキラと潤んで、もうその目に血の色を加えていたのが涙だったか
欲情だったかわからない。
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「社。もう一度、聞きたい」
声をかすれさせてアキラは言った。
「ん?」
「さっきの言葉・・・・・・」
ああ、と頷いてしっとり湿った黒髪を掻き分け、湯で濡れた指で耳と耳の後ろをなぞりながら
唇を寄せる。同時に片手でアキラのモノを軽く握り込み、焦らすようにゆっくりと扱いてやる。
濡れた白い背がびくびくと反る。
そうしてからもう一度全ての動きを止めて、まるい穴の奥へと注ぎ込むように囁きかけた。
「塔矢。・・・・・・好きや・・・・・・」
途端に目を閉じたアキラの内部と全身が切羽詰ったリズムで激しく痙攣し、一際高く上がった
声に引きずられるようにして、社はアキラの奥に熱を叩きつけた。
その夜は、いくらでも抱ける気がした。
アキラでもセックスで音をあげることがあるのだと初めて知った。
放心状態のアキラを抱きかかえシャワーで身体を流してやりながら、社は昨夜自分がアキラの
肌に散らした赤い跡をもう一度、一つ一つ丹念に吸い上げていった。
アキラが自分と過ごした証の色濃い跡が、出来るだけ長くアキラの肌に留まるように。
同時にアキラにも自分の肩に歯を掛けさせ、もう一度強く噛み跡を残させようとしたが
何度促してもアキラの顎に力が入らず、諦めた。
「エエよ、塔矢。もうエエて」
「・・・・・・うーっ・・・・・・」
ぐずる子供か唸る獣のような声を立てながら、アキラは悔しそうに何度も社の肩に食みついた。
だが甘噛み程度に歯を立てただけですぐに力が抜け、唾液で社の肩を濡らすに留まってしまう。
そんなアキラを引き剥がし、腕に抱いてポンポンとあやすように首の後ろを叩いてやる。
「だいじょぶや。・・・・・・跡なんか付けへんでも、オレ、アンタのこと忘れへんし」
な?と笑ってみせると、力の入らなさそうな頬と顎で、アキラはそれでも嬉しそうにかすかに笑った。
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「・・・清春。きーよーはーるー!」
いがらっぽい呼び声で目が覚めた。
(・・・・・・アレ?)
顔を上げると教室中から注目されている。授業中に気持ちよく爆睡していたらしい。
ハッと机の脇を見ると、あの和雑貨屋の紙袋が机のフックにきちんと吊り下がっていた。
・・・夢やない。安堵して力が抜ける。
「居眠りしとったな」
「スンマヘン・・・・・・」
「弁当の後で眠いんはわかるけど、眠いのガマンするのも勉強のうちやで。なんや、
夜遅くまで碁の勉強でもしとったんかいな」
「エッと」
言葉に詰まっていると、お節介な級友の一人が勝手に答えた。
「センセ、ちゃうねん。ソイツ昨夜、オンナと一緒におったんや」
「うん?何やて?」
「オレ、見たんや。コイツ体育の着替えん時・・・・・・肩に、女に噛まれたみたいな跡あっててん!」
途端に教室中がどよめく。
何人かはさほど面白くもなさそうに醒めた視線を寄越し、何人かは「ヘエ、やるやん」と
いった表情でニヤッと笑い、残りの級友は授業中断と見てさっそく教科書を閉じながら
興奮と好奇心に輝く顔を向けてきた。
「あー、静まらんかい!じゃっかましい!」
教師のダミ声で教室はぴたっと静まり返った。
「清春、後で職員室来るようにな。・・・・・・ほな、授業続けるでー!67ページ!」
え〜、とブーイングが上がるが、教師が構わずチョークの粉を飛び散らせて板書を始めたので
みな渋々教科書を開き出す。
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「・・・・・・」
まだ夢から覚め切らないような心地で社は肩に手を遣り、昨夜アキラが噛んだ箇所をそっと
押さえた。
(塔矢・・・・・・)
自分の腕の中にいたアキラの体温が優しく甦り、意識が昨夜の記憶の中へと浮遊し始める。
と、囁きかけてくる級友の声で現実に引き戻された。
「なぁ清春!マジで昨夜、女とヤッてたん」
「・・・・・・そんなん、答える義務ないやろ」
好奇心丸出しの声の調子に不快感を覚えるよりも、快い浮遊の中から引き戻されてしまった
のが残念だった。
「あの反応はヤッとる」
「教えてくれたってもエエのに。イケズなやっちゃ」
「いや、まぁ待てや。オレらに言いたくない事情があるのかも知れへんで?」
ピクリと社の肩が動いた。週末に塔矢アキラと過ごしたということは誰にも言っていない。
だが、街なかをアキラと歩いているのを誰かに見られていたのだとしたら。
人気のない裏通りで、耳を撫でた途端瞳を潤ませたアキラに吸い寄せられるように口付け
しそうになった時の記憶が甦り、全身に冷たい汗が噴き出る。
「言いたくない事情?ってどんなのやねん」
「へへ・・・・・・そやなぁ、たとえば」
(・・・・・・!)
「近所の犬と遊んでやってる時、咬まれたとか」
「うわっソレ、侘しいなぁ!」
「オンナに噛まれたと見せといて実は犬か・・・・・・そら言いたくないわ〜」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちゃうわボケ!」
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思わず大声が出た。
教室中がシーンとして、囁き合っていた級友たちも呆気に取られて社を見ている。
(はっ、しもた・・・つい・・・・・・)
教師と目が合った。ニイッと笑いかけてくる。仕方なくこちらもニッと笑い返してみる。
額に青筋を立てた笑顔のまま、教師は静かに廊下を指し示した。
(はぁ・・・・・・)
教室を背に、廊下に立ちながら社は窓の外を眺めた。
教室からは教師がカッカッとチョークを鳴らして板書する音が聞こえ、時折級友が指されて
答えているのが聞こえる。右隣のクラスは英語のヒアリングテストの最中らしい。左隣の
クラスは数学。みな同じ四角い教室の中で、決まった時間机に座って、勉強をしたり居眠り
したり友達同士他愛もない会話をしたり。
そんな毎日を時間の浪費だと感じるようになってしまったのはいつ頃からだったろう。
いつから友人たちとの会話を、心から楽しめなくなってしまったのだろう。
学校の友人だけでなく、交際相手の異性たちといる時も、関西棋院の碁打ちの友達といる時も、
常に何かが足りなかった。
東京にいるという怪物の噂に恐れと対抗心を感じつつ、その存在に焦がれていた。
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