マッサージ妄想 79 - 80
(79)
「・・・・・・」
まだ夢から覚め切らないような心地で社は肩に手を遣り、昨夜アキラが噛んだ箇所をそっと
押さえた。
(塔矢・・・・・・)
自分の腕の中にいたアキラの体温が優しく甦り、意識が昨夜の記憶の中へと浮遊し始める。
と、囁きかけてくる級友の声で現実に引き戻された。
「なぁ清春!マジで昨夜、女とヤッてたん」
「・・・・・・そんなん、答える義務ないやろ」
好奇心丸出しの声の調子に不快感を覚えるよりも、快い浮遊の中から引き戻されてしまった
のが残念だった。
「あの反応はヤッとる」
「教えてくれたってもエエのに。イケズなやっちゃ」
「いや、まぁ待てや。オレらに言いたくない事情があるのかも知れへんで?」
ピクリと社の肩が動いた。週末に塔矢アキラと過ごしたということは誰にも言っていない。
だが、街なかをアキラと歩いているのを誰かに見られていたのだとしたら。
人気のない裏通りで、耳を撫でた途端瞳を潤ませたアキラに吸い寄せられるように口付け
しそうになった時の記憶が甦り、全身に冷たい汗が噴き出る。
「言いたくない事情?ってどんなのやねん」
「へへ・・・・・・そやなぁ、たとえば」
(・・・・・・!)
「近所の犬と遊んでやってる時、咬まれたとか」
「うわっソレ、侘しいなぁ!」
「オンナに噛まれたと見せといて実は犬か・・・・・・そら言いたくないわ〜」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちゃうわボケ!」
(80)
思わず大声が出た。
教室中がシーンとして、囁き合っていた級友たちも呆気に取られて社を見ている。
(はっ、しもた・・・つい・・・・・・)
教師と目が合った。ニイッと笑いかけてくる。仕方なくこちらもニッと笑い返してみる。
額に青筋を立てた笑顔のまま、教師は静かに廊下を指し示した。
(はぁ・・・・・・)
教室を背に、廊下に立ちながら社は窓の外を眺めた。
教室からは教師がカッカッとチョークを鳴らして板書する音が聞こえ、時折級友が指されて
答えているのが聞こえる。右隣のクラスは英語のヒアリングテストの最中らしい。左隣の
クラスは数学。みな同じ四角い教室の中で、決まった時間机に座って、勉強をしたり居眠り
したり友達同士他愛もない会話をしたり。
そんな毎日を時間の浪費だと感じるようになってしまったのはいつ頃からだったろう。
いつから友人たちとの会話を、心から楽しめなくなってしまったのだろう。
学校の友人だけでなく、交際相手の異性たちといる時も、関西棋院の碁打ちの友達といる時も、
常に何かが足りなかった。
東京にいるという怪物の噂に恐れと対抗心を感じつつ、その存在に焦がれていた。
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