盤上の月 9
(9)
「おっ、来たぞっ!」と嬉しそうにパフェを手に取る芦原を見て、アキラは一瞬芦原の姿が
ヒカルと重なり顔が ほころんだ。
進藤も きっとこういう甘い物は好きなんだろうなと、あんみつを食べながら思った。
その様子を見ながら緒方は、
―――この前まで ほんの子供だったのに、あっという間にオレの地位を脅かす存在になったか。
まったく碁というものは年齢は一切関係ないものだな。
結果が全てで勝利しないと それまでの努力は水泡と化す。まったく残酷な世界だ。
だが その限りない無常さに堪らなく惹かれ、そのような生死の極限状況に立たされないと
生きている実感が湧かないオレにとっては しっくり来る世界だ―――と心の中で呟いた。
人は人生の指針に対して おおまかに約二通り存在する。
一つは波風の立たない平凡な生活の中に ささやかな幸せを見い出す生き方。
もう一つは平穏な生活では満足出来なく、戦いの中に身を投じ喜びを感じる生き方。
間違いなく緒方は後者の生き方を選ぶ人間である。
緒方は勝負の世界に身を置いて いろんなものを見てきた。
そして この世で一番恐ろしいのは『人間』だと思っている。
本番前は 穏やかな人間が対局中で鬼や修羅と化し、勝利のために全てを奉げて
命を削る様の一部始終を この目で何度も目撃し体験してきた。
死に物狂いの人間ほど、世の中に怖いものは無い。
若年の時 そんな猛者達と戦い始めた時は、緒方も精神的にかなり追い詰められた経験がある。
何とか勝利を もぎ取ろうとする人間の底のしれない執念の凄まじさに恐れをなし
躊躇した時もあった。
そのような世界に長年身を置くと人間の本質とは何だろうかと考える事が多くなる。
棋士は皆『修羅』だと緒方は思っている。
それは緒方自身で見い出した独特の哲学だった。
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