二度目のリオス到着は、深夜になった。今度は、聖華城の真上で旋回した。
もちろん、龍なんかが空中なんかにいたら、見つからないはずもない。今、メルランは黒龍を見つからない場所へ逃がし、聖華城に侵入していた。
「警備兵は、皆出まわってる、か。黒龍を放して正解だったな」
薄暗い廊下を、軽快な響きと共に走り抜ける。もちろん、警備兵たちがいないわけではないだろうから、それなりに気を配っているものの、一向に人の気配がない。
「おかしいな…勘付かれたかな」
それでも、足を止めようとはしない。勘付かれていても、攻撃してこないならば、さっさと目的を果たしてしまった方が楽な事には違いない。下手に隠れて、チャンスを逃したら、洒落にならない。
長い廊下が、十字に分かれていた。赤い絨毯を踏み付けた。左を向けば、謁見の間。右を向けば、警備兵の溜り場。
必然的に、正面に続く廊下を通るしかなかった。自然に考えれば、今王は寝室にいるだろう。その場所さえ、判れば…
「…仕方ない」
誰にも聞こえないように、独白すると、正面の廊下を少し行ったところに一つ、ドアがあった。
少し、開いて覗いてみる。男が…一人、二人寝ている。
メルランは曖昧に頬を歪ませると、部屋に堂々と入って行った。
その気配に気がついたのか、男の一人が目を覚ます。
「ん…?もう、交代の時間か?」
寝ぼけているようだ。もう一人の男は、まだ寝ている。
「少し、眠っているのと…ずっと眠っているの、どちらがいい?」
起きた男の後ろをとり、耳もとで囁いた。男は目を丸くして、固まる。しかし、男の腕がぎこちなく動いていた。
(防犯用、ベルか…)
それを、瞬時に察知すると、男の首元に腰から取り出した小さなナイフを突き立てた。服が血で汚れてしまう。
使い物にならなくなってしまった服は着れない。もう一人の男の額に、手を乗せた。
それでも、男は起きない。呑気なものだった。
刹那、男の身体がビクン、と跳ねる。それからは、微かな動きさえしなくなった。一種の、電気ショックみたいなものだった。
人間には持ち合わせない、魔族のみ持つ独特な魔力を送り込む事によって、人間の身体は異常なまでの拒否反応を見せ…死ぬ。
これなら、服も汚れずに済む。少々男の服を脱がすのは躊躇うものがあったが、そんな事を気にしている場合ではない。
素早く着ると、部屋を出て行った。
ざわざわと、外が騒がしいことに気がついた。
聖華城の方から、色々と叫び声さえも聞こえる。
どうした、と部屋の窓から顔を出したゼスは、丁度窓の下を走っていた若い男に声をかけてみた。
「あ、ちょっと!どうしたんだ?騒がしくて…」
男は、苛立ちそうにその場に止まって、上を見上げて叫んだ。
「城が騒がしいんだと!警備兵やら、戦闘兵やらが、珍しく出ているそうだよ!」
それだけ言い残すと、また走り去ってしまった。
「…だって」
後ろのベットで横になっている、イズミルに問う。
「行き…たいんでしょ」
肩をすくめさせ、イズミルは布団から起き上がった。
華奢な身体にフィットしたスーツが、イズミルを妖しく魅せる。
そのまま、厚めのコートを羽織り、脱げないように止めると、マントを翻してドアの前に立った。
その時には、もうゼスも仕度をしており、鍵を握って部屋を出た。
出た部屋から、王の寝室までは意外にも近かった。王の寝室前に二人の警備兵。その前の部屋に戦闘兵が三人…
(どうする…?)
自問自答する。考える時は、これが一番なのだ。
三秒程経って、メルランの考えはまとまっていた。
ここは、一発で決めてしまった方が、楽だ。
部屋の中に戦闘兵、というのが気掛かりだが、まあどうにかなるだろう。
どんな騒ぎを起こしても、勝てる自信はある。
王を殺し、戦いが始まった事を知らせれば、この命令は守ったことになる。
覚悟を決めると、メルランは警備兵の前に飛び出した。
魔力放出。同時に、禍々しい雰囲気も、刺々しい黒い羽も、ぶわ、と現れた。
「な、何者!」
警備兵が、持っていた棒をこちらへ向ける。その棒も、メルランに当たる前に、ボキリと折れてしまった。
そのまま、警備兵の腕も。
「う、ぎゃあっ!い、痛ぇ…痛ぇよ」
その悲鳴を聞きつけて、部屋から戦闘兵が三人出てきた。
「どうした!」
四肢にピンと力を入れて、全神経を魔力に集中させる。
戦闘兵がメルランに飛びつこうとした時…、身にまとう魔力だけで吹き飛ばした。
「う、うわ!」
両手を交差させ、掌をピンと伸ばす。掌に暖かいものが集まって、形を成していく。
それは、大きな丸いボールになって、浮かんでいた。
素早く、それを兵に向けると、ボールは兵たちを飲み込んだ。
骨も残らない、地獄の業火。
遠くから、悲鳴を聞きつけた兵らの声が聞こえる。王も、警戒を強めているだろう。
急いで、王の寝室に侵入した。
王は、ベットの上で震えていた。
両手で、新型の軽量銃を構えて。もちろん、そんなもの魔族に効くはずもない。
銃弾が、メルランに向かって吹き飛んでくる。
しかし、メルランの身体にめり込む前に、銃弾は流れを変えて壁に向かって飛んでいく。
「そんなもの、無駄だよ」
無理矢理立たせて、盾のようにして歩かせる。
身体を震え上がらせ、王はメルランの指示に従った。
王の首に手を当てて、いつでも殺せる体勢をとる。
そして、ゆっくりと廊下に出た。
廊下には、何人もの兵がいた。しかし、王の一言で道が開く。
そして、言った。
「よく聞いて!国民を皆城に集めて!城の者たちは、すぐさま外へ出ること。でなければ、皆殺しよ」
今のメルランに、全員を殺す度胸と力はない。だが、刺々しい漆黒の羽に、身を包む魔力に、人間共は震え上がる。
それは、メルランにとって、とても寂しいものだとは、誰も知らないだろう。
兵たちや、家臣たちは全員城の外へ出た。城は、国民で溢れかえっている。
今、メルランと王はそれらを見渡せる場所に立っていた。
王が、手中にいるからといって、気は抜くことができない。気を抜いてしまえば、メルランと言えど、すぐに殺されてしまう。
真っ黒い粒が、次第に大きくなっていった。
それを確認すると、メルランは叫んだ。少しでも、気が抜けないように。
「私は、メルラン・テルペン!テルペン一族の末裔なり!我ら、テルペンは、この国に戦いを挑む!これが、戦いの合図だ!」
少し間を置く。手中の王を殺せば、いい。それだけで、いいのに…
歯を食いしばった。
首元に、手を押し当てた。少し強く、握るようにして。
一気に魔力を流し込んで、爆発を起こす。
煙りが上がったと思うと、肉塊が飛び散って、変色した血が当たりに広がる。
わああ、と国民の叫び声なのか、歓声なのか区別のつかない声があがる。
血まみれになった身が、ひどく汚れて見えた。
ピイィ、と唇をならして、黒龍を呼び寄せる。実に忠実に、すぐに舞い戻ってきた。
戻る際、あの二人を見た。あの、ゼスとイズミルの二人を。
驚愕に満ちた顔をして、こちらをずっと見ている。
その視線を振り切って、黒龍に飛び乗った。
そして、逃げるようにして…リオスを後にした。
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