イズミルは、判っていた。
 この人に、実力では勝てない事など。
「先生は… 魔族並の魔力を持ってるけど… 人です!どうして… 魔族なんかに!」
 登ってきた階段が、すぐ後にあった。
 追い詰められている…汗が、背中を伝う。
「そうね… 私は魔族じゃないけれど… 愛してるわ、家族を。それは、人と変らないんじゃなくて?」
「それでも! 先生は美人だったし、才もあった! 望めば、もっといい…」
 言いかけた言葉は、頬を裂かれて出なくなった。
「あなたに、何が言えるの。そんな立場だったかしら…?」
 痛む頬を動かして、それでも叫ぶ。
「立場は関係ありません!一人の人として言ってるんです!」
 一瞬、構えていた腕が、緩む。
「…そうね、もうあなたは… 私の弟子では無かったわね」
 そして、前よりもしっかりと、構えをとる。
 身体をびくりと震わせ、イズミルはチェラブを見つめた。
 あと一歩、下がれば階段から落ちてしまう。
 汗が、地面に着く瞬間… 身体に熱いものが奔った。
 何かが、身体を駆け巡り、込み上げてきた。
 口の中が、苦いもので溜り、こらえきれずに吐き出した。
 赤かった。…血か。
 認識するのは、早かった。
「お母様!」
 跪いたイズミルの横を、駆ける。
 メルラン、だった。
 抑えた腹は、ぬるり、と滑り、まるで心臓が腹に移動したかのように、脈打っていた。
 ああ、死ぬのね…
 痛みに、堪え切れずに、目を閉じた。脳裏では、そんな言葉は、繰り返される。
「メルラン…!イズミルは…」
「…殺したわ」
 メルランの言葉に、一瞬苦い表情を浮かべ、イズミルに駆け寄る。
 横たえるイズミルの脈を取ると、静かに泣き出した。
 メルランには、判らなかった。
 何故、母が、人…敵の死に泣くのか。
 それと同時に、ここには居てはいけない気がしてきて、堪えられずに走り出した。
 自分の、居場所に。
「お、お父様…!」
 重いはずの扉を、押し開けた。
 ぴちゃり、と足を濡らす。
 ゆっくりと下を見ると、本当の血の海のように、一面血塗られていた。
「…メルラン」
 名を、呼ばれた。無気味な程、落ち着きのある声。
「ゼ…ゼス…?」
 今まで見てきたゼスの姿は、もう無いと言っても過言では無い程、容姿が変っている。
 着ているものこそ同じでも、包み込んでる雰囲気や、顔も口だけで笑っていた。
「ああ…そう、TゼスUだよ」
 まるで、忘れていたかのように、自分の名をいう姿は、いかにもおかしかった。
「この国の魔族は、大した事ないね。歴史が浅いせいもあるのかな」
 両手には、剣と銃… どれも、赤い。
「ゼス… 人じゃないのね…?」
 何よりも雰囲気が… 力が。今までのとは違う。まるで、魔族のような…強い力。
「ご名答。そう、俺は人じゃないよ。遠い国の、魔族さ… こんな馬鹿共とは違う。魔力は魔法だけに使うものじゃない事を、知らないようなな」
 くくく、と笑う。
「じゃあ、この血は全部…」
 どこを見ても、父の姿はない。
「その辺の、T肉塊Uのものさ」
 言われてみれば、赤く染まった肉が、ぼつぼつと落ちている。
「お、お父様…」
 足が、震えた。始めてだった。
 駆け寄る事も、逃げる事もできない。
「成る程ね、心が鬼に成りきれないのは、人と魔の子だからかな?」
 血の臭いのする剣先で、顎を持ち上げる。
 まるで珍しい動物でも見るかのような態度に、激昂した。
 四肢に力を入れて、魔力を解放する。
 黒い翼が、大きく開く。
「…邪魔だな」
 一瞬の間に背後に廻り、剣を振う。
「あ、ああ!」
 背中を抑え、倒れ込む。
 形のいい翼が、宙を舞う。
「俺はね」
 のたうち回るメルランを見下し、ゼスは話し始めた。
「魔族の力が衰え始めてるのも、数の多さや、馬鹿さがいけないんだと思うんだ。だから、一緒に魔族を討ちにいかないか?イズミルよりも、面白そうだ」
 霞む目で必死に睨み、叫ぶ。
「お断りよ!」
「残念だ」
 決断は、早かった。断る決断も、諦める決断も。
 睨んだ姿のまま、メルランは寝続けた。

 魔族の話は、伝説にも語り継がれもせずに、ゆっくりと消えて行く―――


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