一日。残り、わずかたった一日。
 この土地に残る者が、決まる。
 『悪魔』か、人間か。
 ――――この感情を隠したまま。
 どんな戦いになるだろうか。
 どちらが、滅び去るだろうか。
 負けない。負けられない。
 ――――私のために。

「メルラン、魔力を最大限引き出すには、休むのが一番だわ、残り一日、休みなさい」
「はい、お母様」
 見慣れた、本ばかりの部屋。真っ黒な石の塊。
 本の奇跡は、人間にだけ起きるもの。
 だけど、今だけは。悪魔にだって――
 ドォン!
 爆発音。空だ!
 窓に駆け寄る。また、爆発音。
「火… 仲間を呼んでるのか!無駄な事を!」
 大半の兵士は、殺した。まだ生きている兵士も、もう抜け殻のようになって動かなかった。
 油断した、殺しておけば。不意に、そんな言葉が頭をよぎる。
 どちらにしろ、たかが人間が何十とかかって来ようが、一人の『悪魔』に勝てるワケもない。
 メルランは、まだマクベスや、チェラブのような実力はない。
 だが、城を半壊させる程の、力は持っているのだ。
「…援護が来るまで、半日… あと、一日と半…」
 十分だった。今、向かって来ている奴らを倒すだけの時間は。
 十分に、あった。
「殺して…やる」
 忌々しい、この感情を、消すために。
 殺せば、消える。そう信じるしか、なかった。
 人間の心を、全部理解できない。それが『悪魔』

「ゼス、どうする?援護を呼んだからといって、力の差は歴然だ」
「勘違いするな、兵士は、あくまで『盾』だ」
「…ゼス殿。そなたの方が、よっぽど『悪魔』ですなぁ」
 クツクツと笑い、肩を動かす。
「カーズ!ゼスを侮辱する気か!」
 とっさに、身構える。それを、優しく引き止めた。
「イズミル、やめろ。 カーズも、ちょっと酷いじゃないか。俺は『ヒト』だよ」
 老人は、ふふ、と目を細めて笑った。
 ゼスも、目だけで笑った。
「あと、一日で着く。準備は整ってるだろうな」
 後ろに、ただついて来ているだけの男たちに、カーズが叫ぶ。
 戸惑い気味の、返事は、黒い闇に吸い込まれていった。

「私達、負けたら死ぬのよね」
 皆が寝静まった頃、たき火の近くでイズミルはぼやいた。
「師は…お前を殺せないと思うよ」
 たき火の一点を見つめて、答える。
「でも、負けて生きるなら、死ぬわ。生きていても、楽しくなくなりそうだし…」
「覚えてるか」
 目を伏せたイズミルの声を、ゼスは遮った。
「俺たちが、出会う時の事を」
「もちろん」
 火に水をかけて、ゼスは立ち上がった。
「俺が救った命だ。そう簡単に手放されちゃ困るな」
 イズミルは少し微笑んで、毛布にくるまった。

 目が覚めたのは、黒龍のなき声でだった。
 良い目覚めとは言えないが、早足で黒龍の元へ向かう。
 遠くの方に、ぞろぞろとした黒い点が見えた。
「来る…」
 冷や汗が、肌を滑り落ちた。
「メルラン。話があるの」
 不意に声をかけられた。チェラブだ。
 チェラブは、それだけ言って、踵を返して元来た道を戻ろうとする。
 着いてこい、という事だというのは判った。
 城の最上階は二十階。そこに、マクベスの部屋があり、その下にメルランの部屋や、チェラブの部屋がある。その下は、使われていない部屋ばかりだ。広い廊下には、埃かぶった鎧兵の置き物がずらりと並んでいて、今にも動きだしそうだった。
 下の階に行く程、遭難者たちの死体が転がっている、と訊いた事があったが、一度も見た事がなかった。
 チェラブが向かった先は、最上階…マクベスの部屋だった。
 百人は余裕で入りそうな部屋。残骸が散らばっている部屋。
「今夜には、着きそうなのだろう?」
 マクベスは、椅子に座ったまま、メルランとチェラブの顔を見た。
「いいか、人間共が来るまで…この部屋を離れるな」
 低い声で、告げられる。
「メルラン。黒龍を、連れてきなさい」
 頷いて、駆け足で部屋を出て行く。あの部屋は、嫌いだった。生臭くて、威圧感のあるあの部屋は。
「黒龍、おいで」
 龍が満足に入れる程、広くもない廊下。
 黒龍は、判っていたかのように、大型犬くらいの形になった。
「偉いね…お前は」
 龍の額を軽く撫でて、また戻って行った。


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