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クスリ・病気部屋
パラレル部屋
passenger
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by Junya K.2002.summer.

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one





ハチロクが事故に遭った。
啓介がその知らせを聞いたのは、その日の夕方だった。
顔面蒼白になりながら、兄の涼介と共に駆け付けた病院のベッドの上に、静かに彼は横たわっていた。
紙のように白い顔色。力を失ってぐったりと伸ばされる四肢。絶望的な光景。心電図の音だけが、静まり返った病室に響いていた。

脳死。啓介の父親でもある医師は、残酷な診断を下した。

「てめえ、親父、ふかしてんじゃねーぞ! 真面目にやってんのかよ! 早くこいつをどうにかしろよ!」
「啓介、よせ」
「冗談じゃねーよ、何だよ脳死って。意味わかんねーんだよ、こいつはこんな所で死ぬような奴じゃねーんだよ!」
「啓介!」

鋭い兄の一喝に、激昂していた啓介の体がビクリと震えた。
一気に力の抜けた体が崩れ落ちそうになった所で、肩を支えられる。呆然と、啓介は呟いた。

「アニキ……嘘だろ、こんなの……」

まるで眠っているようにしか見えないきれいな顔。
もう二度と目覚めないなんて、にわかには信じられなかった。今にもその大きな瞳を開いて呑気に欠伸でもしそうであるのに、拓海はピクリとも動かなかった。

まるで悪夢のような光景。室内はいつまでも重苦しい沈黙に包まれていた。


それから毎日、啓介は病室を訪ねたが、拓海が覚醒する兆しは一向に無い。
植物人間として延命装置の助けを借りることで生き長らえている拓海の寝顔を見ながら、啓介は唇を噛んだ。

プロジェクトDの下りのエース、藤原拓海。
その奇跡めいたドライビングテクニックで数々の伝説を築いてきた年若い天才ドライバーは、もう二度と、ステアリングを握ることはない。

(ふざけるなよ、藤原)

まだDだって始動してから数か月余りだ。こんなに早く呆気なく、終わりが来るなんて思わなかった。宿命のライバルだと、思っていた。こいつ以上にこの自分を駆り立てる存在など、決していないと。

(勝ち逃げなんて……卑怯すぎんだよ)

事故の前日、啓介は拓海と会っていた。
表向きはあまり交流がないと思われているふたりだが、いつの日かを境に、深い場所で結ばれるようになった。
ダブルエースである彼らは、決して人前でその関係を顕にすることはできず、いつも闇に紛れ、ひっそりと情熱を交し合っていた。だから、一度くらいは、晴れた空の下で堂々と手を繋ぎながら歩きたいと思っていた。拓海への想いは、そんな淡くも尊い、大切な感情だった。
その日、ふたりは些細なことで口論となった。汚い言葉を投げつけて、啓介は一方的にその場から去ってしまった。あの時の拓海の怒りと悲しみが入り混じった表情が、はっきりと目蓋の裏側に焼き付いている。
あれが、最後になるなんて……。

「藤原……」

手を伸ばして触れてみても、ベッドの上の拓海は無言の返事を寄越すだけだ。遣る瀬無さに涙が溢れ、目の前の拓海の姿が滲み始めた。

「……啓介」

気がつけば、いつ病室に入ってきたのか、背後に兄の気配があった。

「アニキ……こんなのってねーよ……いきなりなんてさ……」
「藤原が目覚めた時、あいつがこれまで通り胸を張って走ることができるように……今迄以上にプロジェクトに励まないとな……藤原が目覚める可能性がないわけじゃないんだ……」

その言葉に、啓介は兄の胸に縋り付いて泣いた。
気丈な兄は決して涙を流さなかったが、その声が震えていたこと。それは、拓海の回復が絶望的であることを表していた。

神様なんて信じてないけど、お願いだ。
もし神様なんてもんがいるんなら、頼むから、もう一度藤原に会わせてくれ。








一ヶ月後、自宅に戻った涼介は、控え目に弟の部屋の扉をノックした。何の反応もないことに、嘆息する。

藤原拓海が事故に会ってからというもの、啓介はひどく落ちこんで、部屋に篭りっきりになった。拓海の存在を強くライバル視していた啓介が、突然の悲劇的な出来事に塞ぎ込むのも無理はなかった。
ここ最近は、峠に出向く所か、食事すらまともに取っていないようだ。コンビニで購入してきた軽食を無理矢理にでも口に運ばせようと、涼介は返事を待たずに部屋の扉を開けた。

「………」

それまで、気落ちした弟のために用意していた優しい言葉のどれもが、その瞬間、どこかへ消え去ってしまった。
カーテンをしめきり明かりを消し、そうして完全なる闇に支配された部屋の中央にて、啓介は何やらぶつぶつと胡散臭い呪文を唱えていた。雑然とした部屋の床に敷かれているあれはおそらく……魔方陣……だろうか。その周囲にはご丁寧にも蝋燭が立てられている。その灯りがゆらゆらと揺れながら、室内の不気味な光景を照らし出していた。
ゆっくりとした動きで、啓介が振り返る。

「見たな……!」
「いや俺は何も見ていない。失礼した。じゃあな」

関わってはならないものだと本能的に察知した涼介がパタンとドアを閉めようとした時、鬼の形相で啓介が追ってきた。

「どうしてくれんだよ! 一週間前から儀式の準備進めてきてたってのによ! 人に見られたら意味ねえんだよ! 邪魔しやがって!」
「啓介……ひとつ訊いていいか?」

背後から羽交い締めにされた涼介は、引き攣った声で尋ねた。

「何してんだ、お前」
「見りゃー分かるだろ。黒魔術だよ」
「……まさかとは思うが、藤原を目覚めさせようとしてるんじゃないだろうな」
「それ以外、何があるってんだ」

しーん、と空間が静まり返った。

「ちくしょう、見られたからには責任取ってもらうぜ。アニキも一緒にあいつを生き返らせる方法考えろよ」
「啓介、よく聞いてくれ。お兄ちゃんはな? こう見えても色々と忙しいんだ」
「何言ってんだよ、アニキの都合なんて訊いてねっつーの」
「放せ、てめえ、この……馬鹿弟ーーーっ!」





とりあえず蝋燭の類は危険なので消させ、ついでに部屋の電気もつけさせ、窓を開けて換気を済ませた頃、ようやく安心して涼介は弟のベッドに腰掛けた。この部屋での安全圏は、今も昔もベッドの上くらいのものである。

「東洋から西洋からアフリカから……あらゆる呪術や宗教を勉強してみたんだ。手当たり次第色んな方法試してみたんだけど、どれもダメで……」

何かにとりつかれたようにぼそぼそと喋り続ける啓介の目の下にはくっきりとクマが刻まれており、その頬はすっかり痩せこけている。あの愛らしかった弟と同一人物だとはとても思えない。

「今夜のはアニキに見られちまったから、お流れだな。畜生、新月の晩じゃなきゃ駄目だってのに……次の新月まで待ってられねえよ」

どこか常軌を逸した弟の声を聞きながら、涼介は部屋に散乱したぶ厚い書物の一冊を試しに手にとってみる。『暗黒黒魔術読本』……。ページを開く気も起こらず、そのまま放り投げた。しかし、活字嫌いな弟がここまで必死になって文献を読み漁るとは、啓介はそれほどまでに強く藤原拓海の精神を呼び戻そうとしているのだろう。

「次の手段を考えなきゃな……。何がいいかな」
「病院に侵入して、藤原の体をここに運び込むことだけはやめておけ。延命装置を外せば、目覚める所か確実に死ぬぞ」
「でも……薔薇の花百本で囲んで百日放置しておけば、息を吹き返すって、この本に書いてあるんだ……」
「で、藤原のミイラが起き上がって紅茶でも飲むのか? そういうギリギリのブラックジョークはほどほどにしておけよ」

呆れながら涼介は言ってやった。
しかし、この様子からして啓介は本気だ。馬鹿の本気ほど恐ろしいものはないと、涼介は再確認した。

「かくなる上は……アニキ、あれだ!」
「どれだよ」
「タイムマシーンを作ろう! 過去に戻って事故る前の藤原を助けるんだ! オレって頭いいな! あの有名な映画の……なんだっけ?」
「バックトゥザフューチャー?」
「そう、それ! なあアニキ、オレのFD改造していいからさ、あの映画みてーにタイムマシーン作ろうぜ!」

……可哀想に。
涼介は、呆れや不気味さを通り越して、弟が哀れになってきた。
奇天烈なアイデアを語る啓介の瞳は希望に輝いている。自分を含め、きっと家族が育て方を間違ってしまったんだ。いや、元々脳味噌の大きさが鶏のそれと同じだったのかもしれない。

「啓介、そんなものが作れるくらいなら、俺は高崎の一病院なんて継がねえよ。無理を言うな」
「なんでだよ、アニキ頭いいじゃん! 相対性理論だって理解してんだろ!? つーか、できねえとは言わせねえ! 過去に戻って、やり直すんだよ!」
「……お前、今年で何才になるんだ?」
「二十二だよ、なんだよ、もう痴呆が始まってんのかよ?」

大真面目に答える啓介を前にして、涼介は自分が悟りの境地に辿り付いたことを知った。
可哀想な啓介。藤原拓海の事故が余程ショックだったのだろう。……気が触れてしまうほど。

「……分かったよ。そんなに言うなら、俺がタイムマシーンを作ってやろう」
「ホントか!? アニキ、さすがだな!」







三日後の深夜、赤城山。

新旧のセブンを停めた兄弟は、無人の道路に降り立った。生温い風が何かを知らせるようにざわざわと騒いでいた。

「啓介、準備完了だ」

FD(改)の最終チェックを行っていた涼介が、弟を振り向く。吹き付ける風に髪を任せ、啓介は時を越えるマシンとして生まれ変わった愛車を満足そうな顔で眺め見た。

「三日かけて作ったオレたちのタイムマシーン……完璧だぜ」
「シートベルトはちゃんと締めろよ。気をつけて行ってこい」
「ああ。安心してくれ。オレが過去に戻って、必ず藤原の事故を防いでやる」

運転席に身を収めてステアリングを握った啓介は、力強く宣言した。サイドブレーキを下ろして、ふと、出発を見守っている兄を見やる。

「……あいつが帰ってきたら、またDの活動、頑張ろうな。オレはもっともっと速くなる。オレとあいつで、アニキの夢を叶えるから」
「啓介……」

純粋な弟の瞳に、涼介はうっかり胸が熱くなるのを感じた。

「じゃあ行ってくる。心配しねーでくれ! ぜってー藤原を連れて帰ってくるからな! 行くぜ、バックトゥザフューチャー作戦!」

ギャウ、とけたたましい音を響かせ、FDは夜に飛び出して行った。
そのテールを追いながら、未来に戻ってどうすんだ……と思いもしたが、涼介は何も言わなかった。

啓介は本気で信じているようだが、タイムマシーンだなんて、そんなものが都合よく発明できるわけはない。啓介の頭脳でもそのくらいの常識は理解できるはずであるが、弟はどうやらショックの余り冷静な判断が下せなくなってしまったようだ。その錯乱ぶりを見ていると気の毒になってしまい、啓介の気がすむなら……と、優しく聡明な兄は、弟の突拍子もない我侭に付き合ってやることにした。
と言っても、半分に切断したペットボトルの中に爆竹を仕掛け、FDのテールに取り付けただけという何ともお粗末な仕様であったが……啓介はそれすら、不審に思う余裕がないようだった。

単純で、お人よしで、一直線な弟。呆れるほど健気な。
物体が介する光速の領域は、現代ではまだ未到達の分野である。タイムマシーンだなんて、現時点では非科学的なものでしかないその発想は、涼介にしてみれば笑ってしまうほど子供騙しであったが、本当は……どこか、期待している部分もあるのかもしれなかった。
涼介とて、拓海に戻ってきて欲しいと願う気持ちは人一倍強く抱いている。
現代医学では最早施せる手がないと誰より理解しているから尚更、馬鹿げた計画に、一縷の望みをかけてしまう気持ちが皆無とは言えずにいた。

そうこうしているうちに、静寂に支配された赤城山の空に、ズガーンと派手なクラッシュ音が鳴り響いた。早々にやったようだ。

「さ、回収に行くかな……」

独りごちて、涼介はFCの扉を開いた。



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