ノーマル部屋
新婚部屋
強姦部屋
クスリ・病気部屋
パラレル部屋
passenger
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by Junya K.2002.summer.

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five




のんびりとした時間が流れる午前中の伊香保。
豆腐店の軒先で煙草をふかしていた啓介は、ぼーっと行き交う人々を眺めていた。

(オレも堕ちたもんだぜ……)

昨晩の出来事は、啓介の精神に大打撃を与えていた。よりにもよって、子供の拓海に好き放題されてしまうなんて、レッドサンズナンバー2と呼ばれ、向う所敵なしだったこの高橋啓介ともあろうものが、なんてザマだ。
ひとり落ち込んでいた啓介は、ふいにある疑問を覚える。
そういえば、目的を遂行しようと躍起になる余り考えもしなかったが、自分はどうやったら元の世界に帰還できるのだろうか。
自分は本来、この時代にいてはならない存在だ。タイムトラベルの有効期限は果してどのくらいのものなのだろうか。
いざ向こうに戻ったら、浦島太郎扱いだなんて、それでは本末転倒だ。

「啓介さん、どうしたの?」

頭上から声が降ってきて、顔を上げれば少女のような顔立ちをした拓海が、不思議そうに啓介を見ていた。

「あ? お前、学校は?」
「今日、終業式だからもう終わった。明日から、夏休みなんだ」

眠たげな瞳を微笑ませ、拓海は言う。
その態度はすっかり柔和し、啓介を信頼しきっているのがよく分った。
煙草を地面に押しつけて火を揉み消した啓介は、覚悟を決めて口を開いた。

「秋名、行くか」






秋名峠は、到来する夏の日差しを受け、アスファルトの上に陽炎をゆらゆらと立ち昇らせていた。

自動販売機で購入した二人分の缶コーヒーを片手に挟んで、車の中で待っている拓海の元へと戻る。受け取った拓海は、顔をしかめた。

「無糖コーヒー?」
「あ、悪い」

子供にブラックはきついだろう。いつもの感覚で選んでしまったため、配慮を忘れてしまった。隣にいる拓海は、啓介が知っている甘いものが苦手な十九才の拓海ではないのに。

「啓介さんは、いつまで俺の家にいるの?」
「うん?」

プルトップを引いて濃い琥珀色の液体を喉に流し込んだ拓海は一度咳き込んだ。

「おれ、明日から夏休みだから、いつでも遊べるね。海、連れて行ってよ。父ちゃん、どこにも連れていってくれないんだぜ」
「藤原、あのな」

自分に向けられる純粋な瞳を見つめ返し、啓介は嘆息した。
子供にしては表情が乏しいせいで少々とっつきにくい印象を醸し出している拓海であるが、啓介にすっかり打ち解けた今、無邪気な眼差しで見上げてくる。
そんな拓海相手に重い話を口にしようとしている啓介は、気分が優れなかった。それでも、こればかりは避けて通ることができない。何故なら、自分はそのことを伝えるために、過去に赴いているのだから。

「よく聞いてくれ。オレは未来から来たって言ったろ」
「うん、聞いたよ。何度もね」
「七年後の七月十日、お前は事故に遭う。……秋名の、この場所で」

低いトーンで告げた啓介の目の前で、それまで微笑んでいた拓海の表情が硬化した。苦虫を噛み潰す顔になりながらも、啓介は続ける。

「……ひでえ事故だった。お前は、植物人間になって……再起不能になっちまった。それが、オレがいた未来だ」
「……何それ。おれが死ぬって言うの?」
「死んだわけじゃない。だけど、喋ることもなければ、起きあがることもない。お前は永遠に眠ったままの状態になった。もう……二度と、走ることはできなくなった。そんなことはオレが許さない。……運が悪かったんだ。あの日、秋名を走ってたお前は、秋名のハチロクの名前に惹かれた奴に絡まれた。お前なら軽くパスできるブラインドコーナーだったけど、その日はレースごっこのつもりで飛ばしていた素人の車が二台、前から来てた。お前にセーフティゾーンはなかった。それでも、右に逃げていれば……。だから……オレはお前を……」
「いい加減にしろよ」

それまで黙って聞いていた拓海が、会話を続けることを拒んで、声を荒げた。

「すげえムカつく。何それ、嫌がらせかよ。いくらなんでもタチ悪いんじゃないの」
「冷静になってよく聞いてくれ。オレの言ってることは嘘なんかじゃねえんだ」
「馬鹿じゃねーの!? なんでおれが植物人間なんかに……!」
「聞けよ、藤原……!」

落ち着かせようとした啓介の目に、不信感をありありと浮かべる拓海の瞳が焼きついた。

「未来から来たなんて言ってたけど、そんなの冗談だって知ってたよ。あんたは父ちゃんの知り合いか何かなんだろ。いつも父ちゃん忙しいから、ひとりでいるおれと遊んでくれるために来てたんだろ。啓介さんのこと嫌いじゃなかったし、だからそういう冗談にも合わせてたけど……おれが事故に合うとか、そんなひどいこと言うなんてあんまりだ」
「そうじゃねえよ、お前は本当に未来で……!」
「もういいよ。せっかく好きになれそうだったのに……。未来がどうだとか、本気で言ってるんだったら、まず病院行った方がいいんじゃない? もうあんたとは一緒にいたくない。おれ、帰る」

幼いながらも苛烈な怒りを滲ませ、拓海はFDの扉を開いた。

「待てよ、人の話を聞けって……」

走り去る拓海は、啓介の必死な呼び声にも決して振り向こうとはしなかった。
啓介は、自分が会話の運びを間違えたことを知る。オブラートに包んで話すなり、もっと他に言い方があったはずだ。だが、拓海の心はすでに啓介を拒絶し、言い募る言葉すら耳に入れようとはしない。
兄ならもっと上手く事を運べただろう。自分はどうして、こんなにも要領が悪いのだろう。拓海とはいつも、言葉がすれ違ってばかりだ。

「待てよ!」

啓介の叫びに、拓海は足を止め、一度だけ見返った。

「あんたの顔なんか、もう見たくない。消えろよ!」

向けられた尖った言葉に、眩暈がするような既視感を覚え、啓介は動きを奪われた。
あの日、つまらないことに腹を立て、別れ際、拓海に一方的に投げ付けた言葉。『お前の顔なんかもう見たくない。消えちまえ』
……残された拓海がどんな顔をしていたか、自分は知っている。

本意なんかじゃなかった。
その場の勢いで口にしてしまっただけの、少なくともあの事故さえなければ、それだけの言葉だった。けれど、もう拓海には謝罪することすらできない。
年上のプライドや肝心の走りの面では先行されているというジレンマに邪魔をされ、いつも肝心なことは告げられずにいた。失ってから気付いても遅いのに。

あの時、拓海は傷ついただろう。
自分にとっては苛立ちを発散させるだけの意味でしかなかった言葉が、こんなにも辛いものだったなんて、知らなかった。
言われた拓海の気持ちを考えることもなかった。

「---------っ!」

拓海を追いかけようとした啓介は、鋭く息を飲んだ。

走り出そうとする拓海の左方向から、一台の車が走り込んでくる。
冷静な状況判断ができていない拓海は、それに気付く様子もない。
轢かれる………!

そう思った瞬間、啓介の体は勝手に行動を起こしていた。
拓海の肩を引き寄せ、後方に押し戻した直後、駆けつけた勢いを制止させることのできなかった啓介の体は、突っ込んできた車のボンネットに接触、そして弾き飛ばされていた。



(痛え……)

どこが痛いのかもよく分からない程、体中が鈍く痛みを訴えていた。
奥歯を噛み締めながら、啓介は痛覚を無視して立ちあがった。
啓介をはねてしまったドライバーが、青ざめた顔で近寄ってくる。その腕を振り払い、夏の熱気に霞む光景を見やる。

拓海は凍り付いたように、その場に立ち竦んでいた。

啓介は苦笑をその薄い唇に張り付かせる。
拓海を助けにきたのに、自分が死んだのでは話にならない。
でも、まだ手遅れじゃない。
何が運命だ。そんなものに屈してたまるか。あいつとの未来は、終わらせない。

「藤……原……」

啓介が発した掠れた声を聞き、拓海が我に返る。

「なんで庇ったりしたんだよ!? 死ぬなよ! 今救急車呼んで来るから!」
「ちょっ……待……」

公衆電話を探しに走り出していく拓海を呼び止めようとするが、声は届かなかった。
だが、もう立っていられない。啓介は倒れ込むように、FDに持たれかかった。視界すらぼんやりと霞みはじめる。おそらく、意識を保っていられる時間はあと僅かだ。
肺から迫り上がってくる血に咽ながらも、懸命に啓介は叫んだ。

「七年後の、七月十日だ。右だ、右に切れ!」

その声が届いたかどうかは、定かではなかった。
徐々に小さくなる十二歳の拓海の後ろ姿が、やがてじわじわと陽炎の中に滲んでゆく。

(畜生……ここまでかよ……)

もう一度、その声で腕で、触れてほしい。
お前の代わりはいないし、走りも含めて全て、これからも一緒に。一緒に、未来を。

重い目蓋に逆らえず、いつしか啓介は瞳を閉ざしていた。








軽快なメロディが聴覚を刺激していた。

「う……」

軽いうめきを零し、啓介の意識は闇から浮上した。
強張った体を動かしてみれば、そこは愛車の運転席だった。見知った赤城山の光景と共に、薄暗がりが窓の外に広がり、朝を導いていた。

鳴っているのは、携帯電話のようだ。
音源を辿ってジャケットのポケットに手を滑らせた啓介は、半覚醒から完全に目覚めた。

長い夢を見ていた気がする。
否、夢ではないように思えた。出会った十二歳の拓海との遣り取りは克明に記憶されている。
本当に過去に返っていたのだろうか。だとしたら、自分は戻ってきた?
拓海は? 拓海は、一体どうなったのだろうか?

……全ての情報を伝え切れたとは思っていない。
チャンスを得たにも関わらず、拓海を助けるという目的が成功した可能性は著しく低いことに間違いはなかった。現状に変化がなかったらと思うと、怖くなる。それでも、一縷の望みに賭けてみたい。

携帯電話の発信先は、兄だ。
啓介は祈るような思いで、通話ボタンを押した。









駐車場に車を停め、夜明けを待つ病院に駆け込んだ。
エレベーターを待つ時間さえもどかしい。階段をかけ上る。
早く。一秒でも早く。でないと、耳元で鳴っている動悸が弾けてしまいそうだ。

白い壁に包まれた病室の扉を乱暴に開け放った啓介は、喉元から込み上げてくる熱い感情を自覚した。

狭い室内に勢揃いした見知った顔ぶれの連中が、泣いていた。泣き笑いを浮かべながら、口々に歓喜の声を上げていた。

そして、彼らの中心、ベッドの上に身を起こしている人物を見て……啓介は今度こそ瞳から溢れる涙を止める術を手放した。

「……啓介さん」

柔らかく紡がれた低音。彼の声が自分を呼んで、窓から降り注ぐ朝日に空間が眩しく照らされた。

「啓介」

扉近くにいた兄が、背中を押して促してくれる。

「藤原は先程目覚めたばかりだ。あまり負担かけるなよ」

心配するなと言おうとして、言葉にならなかった。震える体を制して歩み出す。
その不思議なほどの吸引力を湛える双眸と目が会った瞬間、すべての戸惑いが忘却された。

「------藤原ッ! 藤原、藤原っ!」

啓介の体を力強い腕で抱き止め、拓海は優しい笑みを唇に描いた。

「心配かけてごめん」
「ごめんですむか、いい加減にしろよ!」
「うん、ごめん。……それと、ありがと」

ゆっくりと顔を上げた啓介を見て、拓海は囁くように続けた。

「おれは咄嗟に左に逃げようと思ったんだ。でも、突然……本当に突然、思い出した。頭ん中に啓介さんの声が響いて、思い出したんだ」

啓介は大きく瞬きをした。

「右に切れって、あの時教えてくれたろ」

あの時。
最後の力を振り絞って伝えた言葉は、拓海に届いていた。
どうして自分が過去に遡れたのか、そんな小難しい理論の仕組みなんて知らない。過去なんてどうでもいい。何故なら、目覚めることのなかった拓海が目覚め、自分達は、もう一度手に入れたんだ。
ふたりの、未来を。

「あの時、おれに会いにきてくれて、ありがとう」

仕事を始めてから何時の間に自分より逞しくなってしまった腕に包まれ、啓介は微笑むことしかできなかった。





passenger end


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