白と黒の宴3 10
(10)
だがアキラの対戦相手は来なかった。
急に体調を崩したりしたか何かか、結局アキラの不戦勝となった。
気が抜けると同時にひどく疲れたような気がして階段脇の自販機の場所で一息ついた。
冷たいお茶の缶を買ったが、飲むためでなく額に当てるためだった。
そうして壁にもたれかかっていると気分が落ち着いて来た。
院生ではなかったが、建物が持つ空気というか、棋士としての高みを目指す者たちの
息遣いを感じるこの空間が肌に馴染む。
少しずつアキラは自分を取り戻しつつあった。
それと同時に、怖れおののく程に手強い相手との対局に自分は飢えているのだと思った。
少しでも気を緩めれば一気に追い詰められ自尊心をも粉々に打ち砕かれるような、
そんな相手と、打ちたい。
ふと、父行洋から聞いた高永夏を始めとする異国の棋士達の事が頭に浮かんだ。
日本より囲碁が盛んな国の若手のトップに立つ者達。
とりあえず自分が考えなければならない事は北斗杯の事だ。
「良かった、塔矢。まだ居たんだ。」
ふいに耳に入って来たその声の主にアキラは振り向き、ホッとしたように笑んだ。
「進藤…、…居たのか。」
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