白と黒の宴3 26 - 30


(26)
だが今社が感じているのはとてつもない敗北感だった。
アキラとの戦いの印象は、強い、という認識を超えるものだった。
盤面より上、アキラの顔を見るのが怖かった。
鬼神がそこにいる。
石を置く度に次のアキラの一手が、自分に深手を負わそうと今にも切り掛かって
来そうだった。
始めたのが遅く周囲に碁の強い者がいなかった自分と、幼少の時から名人を父に持ち
毎日実戦さながらの碁を打ち続けた、揺るぎようのない才との差だった。
一方アキラも、ある意味自分の中の変化を感じ取っていた。
どんな相手でも全力を出して打って来た。
それでも、自分より上位の者と打つ時の事を思えば明らかに格が下の者と戦う時は
必要以上に叩くような事をしなかった。
ただ今、アキラは火を吐く程に厳しさを持って社を責めたてていた。
恨みからではなく、自分を戒め奮い立たせるためだった。
例えその反動からこの対局の後で社から自分の身に受けるものが激しくなる可能性が
あるとしてもアキラはそうせざるを得なかった。
「…あ…りません…。」
悲痛な声で社は投了した。社とアキラ以外の客は居なかった。
カウンター脇の客らが帰った後、席亭がドアの外に閉店の札を出したのだ。
そうして静かに対局は終わった。
社の宣言を表情一つ変える事無く受けたアキラは黙々と石を片付けると席を立った。


(27)
「それじゃあ、行こうか。」
社が座ったまま唇を噛み締めアキラを見上げる。その社の顔を見下しアキラは言った。
「ボクを抱くんだろう?」
社は黙ったまま立ち上がった。
聞くつもりがなくてもアキラのはっきりした口調に驚いたように席亭は2人を眺め、
連れ立って出て行く2人を唖然として見送った。

建物を出るとすっかり日が落ちて暗くなった道をアキラは先を歩いて行く。
その後ろを社が両手をポケットに突っ込んで歩く。
駅に向かう途中で裏通りに入り、アキラは辺りを見回した。
その先にそれらしいネオンが見える。
「あそこでいいかい?」
アキラはちらりと社に向かって言い放つと真直ぐそちらに歩いて行く。
最初に目に入ったホテルのドアをアキラは躊躇いなくくぐる。
社が続いて入ると既にアキラはその場にあった室内の写真のパネルの一つの
ボタンを押していた。
「…これでいいんだよね。」
以前の社がしていた事を覚えていたようにして、アキラは廊下を進んだ。
やはり途中の受付の窓口のカーテンの中にいた者は声こそ特に掛けて来なかったが、
興味深そうに若い同性のカップルを見遣っていたようだった。
狭いエレベーターで向き合うように立っている間2人の間に会話はなかった。
ただピリピリと、互いに皮膚に突き刺さるような緊張感を感じていた。


(28)
部屋のドアを開けて、アキラはこういう類の場所はどこもそう違いはないのだと
思った。部屋の一角を占めるバスルームは壁の一部がガラスになっていて
ベッドから中が見えるようになっている。
小さなバッグを部屋の中の安っぽい小さなソファーの上に置き、後ろを振り返ると
社はドアの所で立ち止まったままじっとアキラを睨んでいた。
入り口のドアのすぐ傍にバスルームへのドアがある。
「…先にシャワー、浴びさせてもらうよ。」
アキラは社の方に近付くように歩き、左に折れてバスルームへのドアに手を掛けた。
そのアキラの手を掴むと社はアキラの体を壁に押し付ける。
そのままアキラと睨み合う。
歯噛みをしながら社は何か小さく口の中で呟いていた。
「…てやる…」
壁に押し付けてアキラの腕を握る手に力が入り、アキラが眉を顰める。
そのアキラの顔をもう一方の手で荒々しく捕らえる。
「…絶対…追い付いてやる…」
社のその言葉に、一瞬フッとアキラが可笑しそうに笑んだ。
ヒカルと初めての、そして二度目の対局の後自分もそう念じた。ヒカルもそうして自分を
追って来た。そうしてここまで登って来たのだ。ヒカルと2人で。
「…追い付けるのかな」
アキラの挑発的な言葉に激高したように社が激しくアキラの唇を奪って来た。


(29)
アキラの方に拒絶の意志はなかった。歯列を自ら開いて社の舌を受け入れる。
社に押さえつけられた腕に指が食い込み時折痛みに眉を顰める以外は、
両手を体の脇に下ろしたまま、荒々しいキスを甘受する。
むしろ戸惑ったのは社の方だった。
唇を離して苛立たしげに舌打ちすると社はアキラの腕を掴んで部屋の方に移動し、
ベッドの上にアキラの体を押し倒すと黒の薄いニットのセーターを
腹の方からたくしあげて剥ぎ取った。
そのままアキラの腰の部分の上に馬乗りになり、自分もジャケットとシャツを脱いで
ランニング姿になった。
社の首から肩、腕にかけて力んでいる為に筋肉の線が走り血管が浮き出ている。
興奮したように肩で息をし、アキラを睨み据える。
それとは対照的にアキラは無表情に社を静かに見つめて横たわっていた。
血の通わない造型物のような青白いその顔はぞっとするほどに美しく見えた。
「…お高くとまっているんやないで…!!」
気押されている意識を振払うように社はアキラが身に付けている薄い長そでシャツの
端を掴んで、それも一気に脱がせる。
そして直ぐにアキラの両手首を掴んでベッドの上に固定する。
その時、明々と照らされたライトの下で、社はアキラの体に生々しく
残されている若干赤みがかった斑点状のそれらのものを見た。


(30)
それは濃いもの、薄いもの、何日間に渡ってアキラの体に数多く刻印された
情交の痕跡だった。
「…あいつか。…緒方…」
アキラは返事をしなかった。
ただその事自体に社は特にどうという反応をするつもりはなかった。
自分以外に寝ている相手がいる事は想像していたし、そういう部分でアキラを
束縛するつもりは毛頭なかった。
自分が望んだ時に大人しく応じてくれればそれで良かったのだ。
アキラを性的に支配している者の一人だと、社はそんなつもりになっていた。
だが今のアキラは、自分を見ていない。視線こそこちらに向けているが、
それは社の体を通り抜けて別の空間を捕らえているようだった。
今までの2人の事がまるでなかった事のようなアキラの態度に社は不安と
焦りを感じていた。
「くっ…」
怒りで低く唸ると社はアキラの胸元に顔を寄せ、片方の突起を口に含んだ。
「…!」
ピクリとアキラの体が反応した。
社は突起を中心に広い範囲を口に含み、じっくりと舌で舐め上げていく。
時折歯を立て、甘噛みし、舌で摩り、弾き、吸う。
「…ふっ…う…」
次第に激しくなっていく社の愛撫にアキラが声を発して身を捩り、
社に掴まれた手首の先で手の平を強く握り込んだ。



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