白と黒の宴3 46 - 50


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「…そうなんだろうか」
市河の説明にアキラは考える。
ヒカルと会っている時の自分と、緒方や社に抱かれている時の自分は
違うものだろうか。
どちらが本来の自分なのだろうかと。
出来れば、ヒカルと会っている時であって欲しかった。

合宿当日、ヒカルから聞いていた社と落ち合う時間から考えても2人はなかなか
アキラの家にやって来なかった。
『約束する。…進藤には手を出さん。』
社のその言葉を疑うわけではないが、それにしても時間が掛かり過ぎると思った。
チャイムがなり、ヒカルの声が聞こえてアキラはホッとした。
玄関を開けた瞬間うんざりした表情の社と目が合った。
「フ−、やっと着いた。」
「やっと?」
「駅からここまで来るのにちょっと迷うてしもおて…」
社は少し頬がこけていたような気がした。
ヒカルが自分との事を社に気取られたくないと心配するのと同様に、
自分と社の事をヒカルに気取られたくないところではあったが、
社がアキラに対し、ごく自然な振る舞いで接してくれたのが有り難かった。


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そんな社を疑った後ろめたさからついヒカルに対する言葉を強めてしまった。
「迷った?地図を描いたじゃないか。」
同等に見てもらえないと拗ねる割にヒカルにはそういう所がある。
「だから駅まで迎えに行こうかって言っただろ。」
「地図があれば大丈夫って思ったんだ!」
ヒカルも喧嘩腰になって来た。
「おい、」
社が呆れたようにこちらを見ていた。
「…まあ、夜だから道を間違えたんだろう。もっと早い時間に来ればよかったのに。」
ただでさえ時間が惜しいところだった。ヒカルの気分を抑えたくて引いた。
「悪いな。授業終わってから来たんや。」
社が気を使うように答えた。
「ああ、そういえば高校に行っているそうだね。」
ヒカルが社と待ち合わせる時間を連絡して来た時そう言っていたような
気がする。
「親が碁打ちやとええな。進学しろとも言われへんし。」
何の気無しに言ったのかもしれなかったが、社のその言葉を聞いた時、
急にアキラは腹立だしさを感じた。
自分の強さの足りないものを、そういう部分で納得しようとしているように
思えた。


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「社の親はプロになるのに反対だったんだ。」
ヒカルがそんな社に同情的な態度を取る事も更にアキラの気に障った。
その程度の気構えでは合宿で集まった意味がないのだ。
何の為に、自分が大阪まで社に会いに行ったのか。
本気かどうなのか分からないが、社が北斗杯を自分を親に認めさせる道具程度に
考えている事がアキラには信じられない事だった。
「北斗杯のパンフを居間に置いてきたったわ。あれを見れば家族も少しはオレを
見直すんやないかな。後は勝つだけや。」
“とにかく、勝てば文句ないやろう”と、アキラに対し同意を求めるような目を社は向けた。
「『後は勝つだけ』―か」
今度は社に対し、アキラの語気が強まった。
「北斗杯のレベルをわかっているのか。まさか勝ちたいと願えば勝てるなどと
幼稚なことを思っているんじゃないだろうね。」

『…強く…なってやる…、誰よりも…お前よりも…』
そう決意し、それを願うように社はアキラの胸の中で繰り返した。
あの時の心を絞り上げるように吐き出した言葉を、アキラの厳しい表情と視線で
社に思い出させた。社は言葉に詰まってアキラを見つめた。
「塔矢!」
何も知らないヒカルがアキラの態度に戸惑った。


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「言い返せよ社!黙ってンのかよ!あんな言い方されて悔しくないのか!」
「悔しいが、オレの力はまだ、言い返せるほどのもんやない―」
アキラが碁盤の準備を整えて「打とうか」と声を掛けると
厳しい表情のままの社とヒカルが振り返った。
合宿はこうしてぎりぎりまで張り詰めた糸のような緊張感の中で始まった。
北斗杯に向けて気を引き締めて行きたい。だが、余裕がなくなるのは
避けたいところだった。
アキラはとりわけヒカルの表情に、いつにない険しさがある事がやはり気になった。
それが打ち合う碁にも現れて来ていた。

最初からそのつもりではなかったのだが、互いに意地を張り合う形になってしまい
朝まで3人で交互に打ち合い続けた。
ただ皆やはり根っからの碁打ちで、対局を始めてすぐにしがらみは消えて
ひたすら疑問手や最良の手を分析する事に全力を傾けていった。
社も疲れがあるだろうに、それを表に出す事なくよく食い下がって来た。
合宿を自宅でする事の承諾を中国にいる両親に一度電話で取り付けた時、
アキラは父親から注意された事があった。
『若い者だけで集まればどうしても勢いが先に立って歯止めが効かなくなる。
私からも倉田くんに頼んでみるが、彼が無理なようであれば緒方くんか芦原くんに
顔を出してもらうようお願いしなさい。』


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倉田が参加してくれる事になって、実際アキラにとって有り難かった。
実力もさる事ながら、次の日倉田がやって来た事で張り詰め過ぎていた空気が
少し変わった。芦原もそういうタイプだが、持って生まれた資質というものだろう。
倉田が聞き上手なところもあるが、食事をしながら社は自分の事を多く話した。
その中の、社がもともと東京生まれという事にアキラは納得した。
碁会所に親類と共にやって来た事や、北斗杯の後で食事をした時
東京の土地カンがある様子だったからだ。
今ではもう、どうでもいい事だったが。
そして、倉田が棋譜の研究をするように指示を出した時だった。
「…オレ、高永夏の棋譜、この間見た。」
唐突にヒカルがその名を出した事にアキラは違和感を感じた。
「強いだろ、アイツ!あれで16歳、オマエと1つしか違わないんだぜ」
唯我独尊的なところがある倉田がそう手放しで評価することもあまりないことだ。
アキラも父親から高永夏の話を聞いてその存在感はひしひしと感じている。
だが、ヒカルは誰から高永夏の事を聞いたのだろう。
つい先日まで、特にどの国のどの棋士を意識しているような事はヒカルは
全く口にしていなかったのだ。
「まア、こっちにも塔矢アキラ15歳がいるけどな」
倉田のその言葉に素直に頷けなかった。
自分が高永夏と並び立つ力を持っているのか、強気のアキラにも判断に迷う
ものがあった。



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