白と黒の宴3 51 - 55


(51)
ヒカル達に、自分達が死に物狂いでぶつからなければならない相手という
認識を持ってもらうに越したことはなかった。
そして組み合わせの説明を倉田にしてもらっていると、再びヒカルが口を挟んだ。
「大将・副将・三将って、どうやって決めるの?」
「団長が決めて対局開始直前に審判長にメンバー表を渡す。まあでも強い順に
名前を書くだけさ。」
当然と思われる倉田の説明をヒカルは思いつめたような目をして聞いている。
「うちの大将は実力・実績から言って塔矢だ。」
判っていただろうに、それを聞いてヒカルが口の中で歯を食いしばるのが
アキラには見てとれた。
まさか今この後に及んで、自分の実力をアキラより下だとはっきり評価された事が
悔しいという訳でもないだろう。
他に何か理由がある。そしてそれは高永夏に関するものだとアキラは感じた。

食事が終わって二組に分かれて本番と同じ時間をかけた手合いを始めたが、
アキラと対局しながらはやはりヒカルは焦りを隠せないようだった。
一手一手に声には出さない、強いヒカルの主張がアキラに聞こえる。
“自分はここまで打てる、だから、あいつと打たせて欲しい”
“もしもオレがお前に勝ったら、そしたら大将にさせてくれ”
“お前がオレより強い事はわかっている。だけど、高永夏と打たせてくれ、塔矢…!”


(52)
“断る”
アキラはぴしゃりとヒカルのそれらの声を封じた。
五目半という2人の最近の対局では大敗と言える内容でヒカルは負けた。
検討の間もヒカルの悲痛な表情は見ていて痛々しく、苛立たしい気分を抑えて
アキラは冷静に淡々と倉田と検討を進めた。
ヒカルに頭を冷やして貰いたかった。
このままではヒカルは自分の碁を見失ったまま北斗杯に臨むことに
なってしまう。だが、
「ここ!くそっ!ここがまずかったか!」
ささいな自分の失着にヒカルが癇癪を起こし、不貞腐れたように席を立ってしまった。
さすがに温厚な倉田もそれには閉口したようだった。
そして話が大将以下、副将・三将の確認になった時だった。
「オレ、大将だめかな…」
誰がみても状況的に最悪なタイミングでヒカルはそれを口にした。
「ヤダネ!!何言ってんだよオマエ!」
当然倉田は即時却下した。
「韓国戦だけでいい!大将を…!」
その時ヒカルは唖然としたように自分を見つめる3人の視線に、ようやく自分が
とんでもない事を口走っている事に気がついたのだろう。
「…ううん!何でもない、…ごめんなさい。」


(53)
「韓国戦?高永夏?」
沈んだように俯いてしまったヒカルにアキラは問いただすように聞いた。
「何故彼と?洪秀英ならわかるが?」
「洪秀英?」
社が状況を掴めずアキラにその名を尋ねて来た。
「2人は院生時に一度日本で対局しているんだ。」
社にそう説明するアキラにヒカルが驚いたように振り返った。
アキラはその場に居合わせた海王中の教師から聞いたのだとヒカルに話した。

当時、海王中でユン先生からその一局を見せられた時、その内容にアキラは
ヒカルの持つ特異なセンスに改めて驚かされた事を覚えている。
ヒカルがsaiなのかどうか見極めようと必死になっていた頃だった。
肯定も否定もしきれない、霧の向こうのようにハッキリしない、
かといって無視出来ない存在。
自分にとっていったいヒカルはなんなのか問い続けていた日々。
そのヒカルが今、こうして目の前に、いつも手が届くところに居る。
日本代表という名の下に共に戦おうとしている。
それが不思議だった。
今では誰よりもヒカルを理解し、彼の全てを知り尽くしているつもりだった。
そのヒカルが、自分以外の、誰か別の者を追おうとしている。

「もういいよ!オレは副将、文句なんかないよ!悪かった。」


(54)
高永夏と戦いたいのなら皆の前でちゃんと理由を言って倉田に頼めばいい。
だがやはりヒカルはそれをしようとしない。
「ただ大将になりたいだけだろ?オマエ!ガキだな!」
呆れ切ったように倉田が言う。
本当にそれだけの理由だったらいいが、何か形にならない不安がシミのように
アキラの胸の奥に広がっていった。

倉田が帰った後、手空きの順に風呂を済ませた。
さすがに社が大きく欠伸をし、つられるようにヒカルも欠伸をし、伸びをした。
「そろそろ寝ようか。」
アキラの言葉に2人とも頷いた。
少し寝るには早い時間だったがかなり3人共に疲れが出て来ていた。
アキラは対局をしていた部屋の襖を隔てた隣にヒカルの布団を敷かせようとしが、
「そんな必要無いよ。めんどくさい。」とひかるが
とっとと社の隣に敷いてしまった。アキラが不安顔を社に見せた。
すると社は苦笑いして首を横に振って見せ、アキラも社を信じる事にした。
実際社はアキラとヒカルの対局を見て、2人と自分の差に一段と
ショックを受けて、妙な考えを起こす余裕など毛頭ないようだった。
茶器を片づけに台所に2人で立った時、社はぼそりと呟いた。
「井の中の蛙―やった。オレは…。せやけど、これからは…」
「ボクだってそうだったよ。進藤に会うまでは。」
「ハッ、かなわんなあ進藤には。そう言えばあいつ、何であんな高永夏に
こだわるんかな。寝る前にちょこっと聞いてみるわ。」
「多分、聞いても進藤は答えないと思うよ。」
「…なんや見てると、お前ら夫婦みたいなあ。洪ナントカの事といい、
塔矢アキラは進藤ヒカルの事は何でも知っとるらしい。」
社は冷やかしの溜め息をついて頭を掻き、台所を出ていった。


(55)
パンフレットの写真で見ると高永夏は少し大人びた風貌で綺麗な顔だちをした
少年だった。アキラは目蓋を少し揉んで、棋譜のコピー数枚が挟まったその
パンフレットを脇にやり、枕元のスタンドを消して眠りにつこうとした。

しばらくして、部屋の入り口の戸が少し開いたような気配があった。
アキラは直ぐにそれに気付いてすぐスタンドの明かりをつけた。
相手は一瞬驚いたように戸の影に身を引いた。アキラの心臓が不安で高鳴った。
「…ごめん、塔矢。起こすつもりなかったんだけど…。」
「…進藤」
開いた戸と柱の間に立っていたのはヒカルだった。
ヒカルはするりと細い隙間から部屋に入ると戸を閉めて、体を起こしかけた
アキラの傍に座った。
小さなスタンドの明かりの中でヒカルの前髪と瞳に映った光が揺れた。
「何か…寝つけなくて…」
「…社は?」
夜この部屋に来る者がいるとしたら社の方かとアキラは思っていた。
「あいつ死んでる。ガーガーすげえいびき。寝る前になんかごちゃごちゃ
聞いて来てさ、もオ…」
そう言いながらヒカルはごそごそアキラの布団の中に入って来た。
社の手前、必要以上にこういう事をしないでおこうと言ったのはどこの
誰だったやらとアキラは溜め息をついた。
それでも隣に横になったヒカルに布団をかけ直し、並んで横になった。



TOPページ先頭 表示数を保持: ■

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル