白と黒の宴3 18 - 21


(18)
自宅に戻るとすぐにアキラは社の家に電話を掛けた。電話番号はヒカルから聞いた。
電話口に出た母親らしき相手にアキラは自分の名を告げ、社に取次いでもらおうと
思った。だが、その反応は意外なものだった。
『塔矢?どちらの?清春の碁のお友達?あの子は夜遅くにならないと
帰ってきませんよ。』
つっけんどんな、冷ややかさを感じさせる口調。
「…ではまたお電話します。もしも清春くんがお帰りになったら…」
アキラが言い終わらないうちに電話は切られた。
生まれてこのかた、少なくとも囲碁の関係者の間で自分の名字を名乗る時
何らかの相手側のリアクションがそこにあった。それは尊敬やあるいは羨望が
込められ、多くの機会で敬意を払われる側に自分達は居た。
この様子では、社は母親に合宿の事を話していないのかもしれない。
とりあえず電話をかけるのに非常識とならないぎりぎりまで待って、
もう一度アキラは電話を掛けてみた。
数回コール音が鳴って、相手が出た。
『はい、社です。』
ぶっきらぼうな聞き覚えのある声だった。が、一応念を入れて話した。
社の父親や兄弟の可能性もあったからだ。
「…塔矢アキラといいますが、清春くんは…」
そこまで伝えると受話器の向こうで『あ…っ』と驚くように息を飲む気配がした。


(19)
『久しぶりやな、塔矢!オレや。元気やったか。』
それはアキラが戸惑う程に親しい友人に話し掛けるような明るい口調だった。
「…ちょっと話があるんだ。でも、…もしかして近くに御家族の方が?」
『いや、子機や。夜はオレが自分の部屋でとっとる。親はもう寝とる。』
電話の社の声は、本当に喜んでいるように上機嫌なものだった。
『へへ、エエもんやなあ。好きな相手から電話がかかってくるゆうのは。
嬉しいなあ。びっくりした。…あんたの声、聞きたかったんや…。感動的や。』
アキラはため息をついた。受話器を床に叩き付けようかとも思ったが、
そんな気持ちを抑えて話を戻した。
「…合宿の事なんだが…。」
『ああ、進藤から聞いた。…ちょっと東京に行く話を進藤にしたらこうやもんなあ。
お前ら、ホンマに仲エエんやな。…合宿が楽しみや。』
社の言葉には皮肉が込められていた。明らかに自分がヒカルに接近しようとする事で
アキラの反応を楽しもうとしている。
「いいか、社…」
アキラは語調を強めた。
「ボクは北斗杯に全てを賭ける事にした。棋士として、もう一度自分を見つめ直すために。
だから君にお願いしたい。北斗杯が終わるまで…そして、合宿中も変なマネを一切しないで
貰いたい。もしも進藤やボクに何かしたら…その時は、ボクは代表を降りる。」
電話の向こうは沈黙した。


(20)
「…君が何かしたら…倉田さんに今までの事全てを話して、相談に乗ってもらうつもりだ…。」
迷ったあげくの結論だった。ヒカルがまだ社に何もされていない今なら、
一切ヒカルに迷惑がかかる事はない。
ヒカルが自分の事を思ってくれていると言った。そのために決意をしてくれた。
それで充分だった。
沈黙は暫く続いた。
『…わかった。』
さっきまでの口調と変わって、静かに社は応えた。
『ただ…』
社が口にする言葉の予想はついていた。その覚悟もしていた。
『だったら、もう一度二人で会いたい。…合宿前に。それやったら…』
「わかっている。いいだろう。ボクがそちらに行く。」
『塔矢…』
「ボクが、大阪に君に会いに行くよ。」

新幹線の改札口まで、社は迎えに来ていた。
ほとんど荷物らしい荷物のないアキラをしげしげと眺めて来る。
黒の薄手のセーターに白いチノパンのアキラは独特の中性的な雰囲気を漂わせ、
夕方のラッシュには少し早い時間帯の同じように待ち合わせをする人々の中の
幾らかの関心を集めた。
待ち合わせの相手の社を見て、アキラを女性だと早合点する者もいたようだった。


(21)
かつて、東京駅の新幹線ホームまで見送らせて発射間際までアキラの肩を抱いて
離さなかった事を思うと、今回社は少し警戒するように、アキラと距離をとっていた。
自分のホームである分、どこで知り合いに出会うかわからないからだろう。
アキラが付け込ませない厳しいムードを漂わせていた事も大きかった。
それが本来のアキラの姿である事をようやく社は理解し始めていた。それでも、
寄り添う程度にアキラと並んで歩きながら社はまだ強気を残して聞いて来た。
「…わざわざ大阪まで、オレに抱かれに来たんか。」
「そうだよ。」
アキラは即答した。驚いたように社が横目でアキラを見る。
まだアキラの真意を掴み切れない様子だった。
「ただ、その前に、社、…君と一局打ちたい。」
「えっ」
アキラの言葉に一瞬社は動揺した顔を見せた。
「心配しなくても、勝敗とSEXは関係ない。ただもう一度君と打ちたいだけだ。」
雑踏の中で平然とそういう会話を続けるアキラに社が驚いて周囲を見回す。
行き交う人々で特に二人の話を耳に止める者はいなさそうだったが、あるいは
聞かなかった振りをしているだけかもしれない。
社が返事を躊躇っていると、アキラが冷ややかに笑みを浮かべた。
「…無理にとは言わない。」
アキラにそうまで言われると社も引き下がってはいられなかった。



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