白と黒の宴3 2 - 5
(2)
早朝に起きて自宅に帰るつもりだったが、先に眼を覚ました緒方によって
再びこうして捕らえられてしまった。
ひところを思うと緒方はずいぶん優しくアキラを扱うようになった。
キスをする時も、アキラを見つめる眼が随分穏やかになった。
本能的にではなく、人が愛情を確かめるための行為としてのsexが与えられるようになった。
ただ、そんな緒方であったが、時々かつて以上の、
氷のような冷たさを通り越し無機質な横顔を見せる事があった。
緒方が桑原に暴言めいた発言をしたという話を、アキラは棋士仲間から耳にしていた。
相手の桑原が特に気にしていないというか、むしろそういう緒方の反応を
面白がっていたそうだが、相性というか、緒方はもう何度も桑原と対局し
破れている。
若手最強棋士の緒方にとっても超え難い壁の存在のようである桑原は、
クセの強い年配の棋士の中でも特に変わったタイプで、
特定のタイトルに強くこだわるが他の場合は興味を示さず手を抜いたりする。
全ての対局に全力で向かい、結果として複数のタイトルを手にした
塔矢行洋とはかなりタイプを異にすると言える。
それとは別に対緒方戦になると露骨に闘志を剥き出しにするのだ。
「緒方さんは随分桑原さんに嫌われたものだ。」
「いや、逆だろ。相当気に入られているんだよ。」
検討会でそういう会話が出た事があった。
(3)
以前はそんなに緒方も特別その事を気にしている様子ではなかった。
だが最近は違った。
やはり緒方は変わったと思う。
そのきっかけとなったのはおそらく…
「…sai…」
「…?何か言ったか…?」
「…いえ…、」
思わず口に出して呟いてしまい、緒方に問われてアキラは小さく首を横に振った。
「…すぐ終わる。」
緒方が腰の動きを速めた。充分に熱されていたアキラの体はすぐに沸点に届いた。
「なかなか生え揃わないものだな。」
体を離してティッシュでアキラの体の後始末をしながら、緒方は指でそこを撫でた。
煙草の火によって殆ど毛根近くの部分しかない体毛の中にまばらに長いものが
混じっている。アキラは緒方を睨み付けた。
「誰のせいだと思っているんですか。」
言葉ではそう怒った振りをして見せるが、アキラは今の緒方が穏やかな表情を
している事に安堵していた。
すると緒方は裸のままベッドから下りると部屋の外に出ていった。
そうして戻って来た時は手にシェービングムースと剃刀を持っていた。
(4)
アキラはすぐに緒方の意図を察した。
「…嫌です…!」
体を起こしてベッドの端に体を竦めたアキラだったが緒方に足首を掴まれた。
「まだそんなに濃くないんだ。一度きれいに揃えた方がいい。」
本気なのか冗談なのか、緒方は笑みを浮かべながらアキラの両足首を持って一気に引き寄せて
左足でアキラの右足を押さえ、右腕でアキラの左足を脇に抱え込んだ。
「緒方さん…!」
縋るようなアキラの視線を無視して緒方はアキラの膝を抱えた右手でシェービングムースの
缶を振り、左手にピンポン玉程度に取る。
アキラが動揺したのは行為そのものに対して以外に、緒方の持って来た剃刀がいわゆる
安全剃刀タイプのものではなく、二つ折りになるレザーナイフ型だったからだ。
緒方はムースを丁寧にアキラのその部分に塗り付けた。
「…動くなよ。」
左手で泡の中心で畏縮しているアキラ自身を摘み、緒方は剃刀の刃を近付ける。
アキラは諦めたように上半身をベッドの上に倒し、目を閉じた。
剃刀の刃はまだ産毛の延長程でしかない性毛の上を音もなく滑っていく。
「…ん…」
鋭い刃物が局部周辺を動く感触に、アキラ自身がじわりと緒方の指の間で質量を増す。
緒方がその反応を楽しむように指先を動かした。
「あっ…!」
緊張感で感覚が鋭くなったその箇所が敏感に反応し、さらに昂って透明な雫を滲ませていた。
(5)
「動くなと言っただろう。」
そう言いながらも緒方は指を動かすのを止めず、アキラ自身全体を握り込み、
滲み出す雫を拭き取るように時折親指で先端をなぞる。
その度にアキラは僅かに体を震わせ、唇を噛んでシーツを掴み、刃先が体に接している間
目を閉じてその状態に耐えた。たいした時間もかからずその部分から体毛が消えた。
「済んだよ。熱いタオルを持って来て拭いてやるからそのままでいなさい。」
緒方は傍らのサイドボードに剃刀を置くと部屋を出ていった。
アキラはベッドの上でぼんやりと天井を眺めていたが、サイドボードに視線を落として
その剃刀を見つめ、何かを決したように体を起こした。
緒方がタオルを持って戻ってくると、剃刀を握りしめたアキラがいた。
アキラはベッドの上に座り込んでまじまじと剃刀の刃を見つめ、指でなぞっていた。
「…危ないよ、アキラくん。返しなさい。」
緒方はアキラの方に手の平を差し出した。
「緒方さん、…緒方さんのも、剃らせてください。」
アキラのその言葉に緒方は一瞬目を見張り、クッと笑った。
「…冗談じゃない。さ、返すんだ。」
するとアキラが剃刀を自分の腕に当てて今にも切り付けようとする姿勢をとった。
「ボクは本気で言っているんです…!」
そうして肘の内側近くのところに刃を当てがった。
「…わかった。好きにしろ。」
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