白と黒の宴3 36 - 40


(36)
気押されたくなかった。アキラの体のあちこちに残る別の男が残したものを
かき消したかった。
だが社の気負いとは裏腹に、アキラの深部で、社は急速に失速していった。
「…!」
当然それはアキラにも敏感に伝わるはずである。
社は慌てて自分を一度アキラから引き離した。
代りに体を下の方にずらし、再び指を2本その部分に突き入れた。
「あっ…」
思わずアキラの腰が逃げようとするのを押さえ込み、夢中でその奥の、
敏感な部分を強く掻いた。そうしながらアキラ自身の根元を手で捕らえて口で包んだ。
「う…んっ!」
立続けの激しい愛撫にさすがに耐え切れなくなったような声をアキラが漏らした。
だがあくまで両手を身体の脇に投げ出してシーツを握ったままで、
社に対しては無抵抗を通していた。
アキラのモノを喉の奥に押し込み、吸い立てながら社は焦っていた。
今までアキラを組み伏しては来たが、他人のペニスを口にすることには抵抗があった。
もちろんいつか自分のモノをアキラに奉仕させる事を想像した事はあった。
あの美しい顔で命じられるままに自分の股間に這いつくばるアキラを思い浮かべた。
そういう関係にまで持っていく自信があった。
それが、今では自分がこうまでして必死になっている。
役立たずと思われたくなかった。


(37)
詳しい理由は分からなかったが、アキラが自分の中の欲求を持て余し誰かに
縋り付きたがっているのは最初に会った時に直感で感じた。
それにほぼ同時期に、自分とあの緒方が名乗りをあげたかたちになったのだろう。
だが社にはいつか自分が緒方からアキラを奪い切る自信があった。
進藤ヒカルという障壁の存在さえ知らなければ。
今、自分の肩ごしにアキラが見つめている相手は自分でも緒方でもない。
進藤だ。
アキラが見ているのは進藤の棋力であり、進藤と全身全霊で対局するアキラ自身の姿だ。
盤上でどれくらい自分を追い詰めてくれるか、それがアキラが欲していた相手を
選ぶ基準だった。無意識にしていたその選定にアキラが自分で気付いたのだ。
「はああっ、う…んんんっ…!」
夢中で吸い立て内部と外部を責められアキラは急激に2度目の頂点へと追われ
登り詰めた。社は生まれて初めて口にするその苦いものを飲み下した。
その社の目に、白いアキラの内腿にまでいくつも残されていた赤黒い痕跡が映っていた。
その表面が汗ばみ、戦慄いて震えているのを見て社の内部が高まり、
再び社は自分の腰をアキラの中に埋めた。
「う…!」
到達感が強く残る間に攻め入られてアキラは辛そうに首を振った。
それに構わず社は一気に自分自身を埋めて突き動かそうとした。
だが、そうしようとしてアキラと目が合い、真直ぐに自分の価値を、冷徹に
選定基準に照らされているような気がして再び社は勢いを失った。


(38)
「…っ…」
社はアキラの身体の上に臥せると、両腕でアキラの身体を強く抱きしめ、
そのまま動かなくなった。

「……」
アキラは暫く黙って天井を見つめていたが、両手をゆっくり動かし、
胸の上の社の頭に触れた。
ビクリと、怯えるように社の肩が震えた。
アキラに無造作に押し退けられるのが怖かったのだ。
そして冷ややかに見つめられて
嘲る言葉の一つも吐きかけられたら、その時は、
自分はアキラを殺してしまうかも知れないと、社は思った。

だがアキラの指は社の髪に触れるとそっとそれを撫でた。そして
社の頭を抱えるように両腕で覆ったのだった。
「…!!」
社は驚いて目を見開き、そして閉じた。
アキラの胸に顔を伏せたまま溜め息を漏らした。
そんなふうにアキラに抱かれて、社は思い知った。
どんなに望んでもアキラが本当に求めているのはやはり自分ではないのだと。
詫びるようなアキラのその行為が物語っていた。


(39)
そのままどのくらい時がたっただろうか、
社はゆっくり起き上がると、アキラの身体を抱えてバスルームに運び
自分の愚行に耐えたアキラの身体を湯で流した。
局部まで丹念に手で洗い、そうしながら顔が近付くことがあったが社は
それ以上の事はアキラにしなかった。
アキラの身体をバスタオルで拭き、ドライヤーで丁寧に乾かし整える。
ここへ来た時と同じようにアキラは黙ったまま人形のように社に従った。
そうして互いに身支度を整えると社は紙幣をドア脇の機械に押し込み、
アキラの腕を引いて部屋を出た。

ホテルを出てしばらく歩いた後、終夜営業のファミリーレストランの店内に
2人は居た。
アキラの手首を掴んでいた社の手は、店の入り口に上がる階段の途中で離れた。
互いにコーヒーを一杯注文しただけで、テーブルを挟んでただそれぞれの
カップを見つめていた。
離れた席では同様に電車が動き出すまで過ごす若者のグループが
騒がしく談笑している。
流行りの服装に身を包み、彼等の中の女の子2人がチラチラとアキラと社を見て何か
耳打ちしていた。他の者は仲間と言葉を交わすか携帯で何かひっきりなしに
メールを打ち込むかしている。


(40)
別の席でやはり時間を潰している大学生風の男の3人連れは、
それぞれ雑誌や新聞を読みふけっていて、1人はうとうとうたた寝をしていた。
あとは数組のカップルや夫婦連れだ。
こういう店をあまり利用した事がないアキラは、深夜に関わらずごく普通の人らが
こうして過ごしているのを興味深げに眺めていた。
だが、会話をする訳でもなく、食事をするわけでもないアキラ達の方が彼等には
異質に映っているかも知れない。
「…食べなくて、平気なのかい?」
ホテルを出てからの会話らしい会話としてはそれが最初の言葉だった。
結局昨日は夕食を摂っていない。
アキラはそれこそ食欲がほとんどなかったが、以前の大食のイメージがある
社はどうなんだろうと思った。
社は黙ったまま俯いている。
アキラにしてみれば、また社の気が変わってまた別のホテルに連れ込まれる
可能性もあった。
それならそれでも構わなかった。ただ、ひどく疲れていた。
その割にさっきから妙に冷静に物事を考えてしまう自分が可笑しかった。

ベッドの上で途中から社の様子が変だったのには気付いていた。
何故なのかアキラには分からなかった。



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