白と黒の宴3 38 - 41
(38)
「…っ…」
社はアキラの身体の上に臥せると、両腕でアキラの身体を強く抱きしめ、
そのまま動かなくなった。
「……」
アキラは暫く黙って天井を見つめていたが、両手をゆっくり動かし、
胸の上の社の頭に触れた。
ビクリと、怯えるように社の肩が震えた。
アキラに無造作に押し退けられるのが怖かったのだ。
そして冷ややかに見つめられて
嘲る言葉の一つも吐きかけられたら、その時は、
自分はアキラを殺してしまうかも知れないと、社は思った。
だがアキラの指は社の髪に触れるとそっとそれを撫でた。そして
社の頭を抱えるように両腕で覆ったのだった。
「…!!」
社は驚いて目を見開き、そして閉じた。
アキラの胸に顔を伏せたまま溜め息を漏らした。
そんなふうにアキラに抱かれて、社は思い知った。
どんなに望んでもアキラが本当に求めているのはやはり自分ではないのだと。
詫びるようなアキラのその行為が物語っていた。
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そのままどのくらい時がたっただろうか、
社はゆっくり起き上がると、アキラの身体を抱えてバスルームに運び
自分の愚行に耐えたアキラの身体を湯で流した。
局部まで丹念に手で洗い、そうしながら顔が近付くことがあったが社は
それ以上の事はアキラにしなかった。
アキラの身体をバスタオルで拭き、ドライヤーで丁寧に乾かし整える。
ここへ来た時と同じようにアキラは黙ったまま人形のように社に従った。
そうして互いに身支度を整えると社は紙幣をドア脇の機械に押し込み、
アキラの腕を引いて部屋を出た。
ホテルを出てしばらく歩いた後、終夜営業のファミリーレストランの店内に
2人は居た。
アキラの手首を掴んでいた社の手は、店の入り口に上がる階段の途中で離れた。
互いにコーヒーを一杯注文しただけで、テーブルを挟んでただそれぞれの
カップを見つめていた。
離れた席では同様に電車が動き出すまで過ごす若者のグループが
騒がしく談笑している。
流行りの服装に身を包み、彼等の中の女の子2人がチラチラとアキラと社を見て何か
耳打ちしていた。他の者は仲間と言葉を交わすか携帯で何かひっきりなしに
メールを打ち込むかしている。
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別の席でやはり時間を潰している大学生風の男の3人連れは、
それぞれ雑誌や新聞を読みふけっていて、1人はうとうとうたた寝をしていた。
あとは数組のカップルや夫婦連れだ。
こういう店をあまり利用した事がないアキラは、深夜に関わらずごく普通の人らが
こうして過ごしているのを興味深げに眺めていた。
だが、会話をする訳でもなく、食事をするわけでもないアキラ達の方が彼等には
異質に映っているかも知れない。
「…食べなくて、平気なのかい?」
ホテルを出てからの会話らしい会話としてはそれが最初の言葉だった。
結局昨日は夕食を摂っていない。
アキラはそれこそ食欲がほとんどなかったが、以前の大食のイメージがある
社はどうなんだろうと思った。
社は黙ったまま俯いている。
アキラにしてみれば、また社の気が変わってまた別のホテルに連れ込まれる
可能性もあった。
それならそれでも構わなかった。ただ、ひどく疲れていた。
その割にさっきから妙に冷静に物事を考えてしまう自分が可笑しかった。
ベッドの上で途中から社の様子が変だったのには気付いていた。
何故なのかアキラには分からなかった。
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自分はただ早く事が済めばいいと、ただそう思って天井を見ていた。
社が自分を強く抱きしめ、動かなくなった時、彼が泣いているように感じた。
そんな社がひどく気の毒に思えた。
今回の事は、自分も彼を利用していたところがあった。
自分を取り戻す為に。
それを言葉にしたり詫びるつもりはなかったが。
「…新幹線が動くの、何時やったかな…。朝の上りは、混むやろな…。」
社がボソボソと口を開いた。
「朝いちの新幹線の切符は、もうとってある。」
アキラが答えると、社はムッとした顔になった。
「ホンマにそつがないな、お前は…。」
アキラがクスッと笑った。その笑顔を見て、社は決意したように息をついた。
「約束する。…進藤には手を出さん。」
ハッとしたようにアキラが社を見つめた。今度は社がフッと笑った。
「元々そっちの方に興味があったわけやない。ホンマや。お前やったから…」
社はカップを見つめたままだった。真面目な表情に戻り、手でカップを包む。
「お前やったからや。…せやけど、お前にももう…二度と、何もせん。誓う…。」
アキラは黙って聞いていた。
建物の2階にある店の、窓の外を見ると街並みの遠くの空が白みがかっている。
「そろそろ始発が動くやろ。」
社が腰を上げた。
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