白と黒の宴3 50 - 53
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倉田が参加してくれる事になって、実際アキラにとって有り難かった。
実力もさる事ながら、次の日倉田がやって来た事で張り詰め過ぎていた空気が
少し変わった。芦原もそういうタイプだが、持って生まれた資質というものだろう。
倉田が聞き上手なところもあるが、食事をしながら社は自分の事を多く話した。
その中の、社がもともと東京生まれという事にアキラは納得した。
碁会所に親類と共にやって来た事や、北斗杯の後で食事をした時
東京の土地カンがある様子だったからだ。
今ではもう、どうでもいい事だったが。
そして、倉田が棋譜の研究をするように指示を出した時だった。
「…オレ、高永夏の棋譜、この間見た。」
唐突にヒカルがその名を出した事にアキラは違和感を感じた。
「強いだろ、アイツ!あれで16歳、オマエと1つしか違わないんだぜ」
唯我独尊的なところがある倉田がそう手放しで評価することもあまりないことだ。
アキラも父親から高永夏の話を聞いてその存在感はひしひしと感じている。
だが、ヒカルは誰から高永夏の事を聞いたのだろう。
つい先日まで、特にどの国のどの棋士を意識しているような事はヒカルは
全く口にしていなかったのだ。
「まア、こっちにも塔矢アキラ15歳がいるけどな」
倉田のその言葉に素直に頷けなかった。
自分が高永夏と並び立つ力を持っているのか、強気のアキラにも判断に迷う
ものがあった。
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ヒカル達に、自分達が死に物狂いでぶつからなければならない相手という
認識を持ってもらうに越したことはなかった。
そして組み合わせの説明を倉田にしてもらっていると、再びヒカルが口を挟んだ。
「大将・副将・三将って、どうやって決めるの?」
「団長が決めて対局開始直前に審判長にメンバー表を渡す。まあでも強い順に
名前を書くだけさ。」
当然と思われる倉田の説明をヒカルは思いつめたような目をして聞いている。
「うちの大将は実力・実績から言って塔矢だ。」
判っていただろうに、それを聞いてヒカルが口の中で歯を食いしばるのが
アキラには見てとれた。
まさか今この後に及んで、自分の実力をアキラより下だとはっきり評価された事が
悔しいという訳でもないだろう。
他に何か理由がある。そしてそれは高永夏に関するものだとアキラは感じた。
食事が終わって二組に分かれて本番と同じ時間をかけた手合いを始めたが、
アキラと対局しながらはやはりヒカルは焦りを隠せないようだった。
一手一手に声には出さない、強いヒカルの主張がアキラに聞こえる。
“自分はここまで打てる、だから、あいつと打たせて欲しい”
“もしもオレがお前に勝ったら、そしたら大将にさせてくれ”
“お前がオレより強い事はわかっている。だけど、高永夏と打たせてくれ、塔矢…!”
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“断る”
アキラはぴしゃりとヒカルのそれらの声を封じた。
五目半という2人の最近の対局では大敗と言える内容でヒカルは負けた。
検討の間もヒカルの悲痛な表情は見ていて痛々しく、苛立たしい気分を抑えて
アキラは冷静に淡々と倉田と検討を進めた。
ヒカルに頭を冷やして貰いたかった。
このままではヒカルは自分の碁を見失ったまま北斗杯に臨むことに
なってしまう。だが、
「ここ!くそっ!ここがまずかったか!」
ささいな自分の失着にヒカルが癇癪を起こし、不貞腐れたように席を立ってしまった。
さすがに温厚な倉田もそれには閉口したようだった。
そして話が大将以下、副将・三将の確認になった時だった。
「オレ、大将だめかな…」
誰がみても状況的に最悪なタイミングでヒカルはそれを口にした。
「ヤダネ!!何言ってんだよオマエ!」
当然倉田は即時却下した。
「韓国戦だけでいい!大将を…!」
その時ヒカルは唖然としたように自分を見つめる3人の視線に、ようやく自分が
とんでもない事を口走っている事に気がついたのだろう。
「…ううん!何でもない、…ごめんなさい。」
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「韓国戦?高永夏?」
沈んだように俯いてしまったヒカルにアキラは問いただすように聞いた。
「何故彼と?洪秀英ならわかるが?」
「洪秀英?」
社が状況を掴めずアキラにその名を尋ねて来た。
「2人は院生時に一度日本で対局しているんだ。」
社にそう説明するアキラにヒカルが驚いたように振り返った。
アキラはその場に居合わせた海王中の教師から聞いたのだとヒカルに話した。
当時、海王中でユン先生からその一局を見せられた時、その内容にアキラは
ヒカルの持つ特異なセンスに改めて驚かされた事を覚えている。
ヒカルがsaiなのかどうか見極めようと必死になっていた頃だった。
肯定も否定もしきれない、霧の向こうのようにハッキリしない、
かといって無視出来ない存在。
自分にとっていったいヒカルはなんなのか問い続けていた日々。
そのヒカルが今、こうして目の前に、いつも手が届くところに居る。
日本代表という名の下に共に戦おうとしている。
それが不思議だった。
今では誰よりもヒカルを理解し、彼の全てを知り尽くしているつもりだった。
そのヒカルが、自分以外の、誰か別の者を追おうとしている。
「もういいよ!オレは副将、文句なんかないよ!悪かった。」
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