白と黒の宴3 54 - 57
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高永夏と戦いたいのなら皆の前でちゃんと理由を言って倉田に頼めばいい。
だがやはりヒカルはそれをしようとしない。
「ただ大将になりたいだけだろ?オマエ!ガキだな!」
呆れ切ったように倉田が言う。
本当にそれだけの理由だったらいいが、何か形にならない不安がシミのように
アキラの胸の奥に広がっていった。
倉田が帰った後、手空きの順に風呂を済ませた。
さすがに社が大きく欠伸をし、つられるようにヒカルも欠伸をし、伸びをした。
「そろそろ寝ようか。」
アキラの言葉に2人とも頷いた。
少し寝るには早い時間だったがかなり3人共に疲れが出て来ていた。
アキラは対局をしていた部屋の襖を隔てた隣にヒカルの布団を敷かせようとしが、
「そんな必要無いよ。めんどくさい。」とひかるが
とっとと社の隣に敷いてしまった。アキラが不安顔を社に見せた。
すると社は苦笑いして首を横に振って見せ、アキラも社を信じる事にした。
実際社はアキラとヒカルの対局を見て、2人と自分の差に一段と
ショックを受けて、妙な考えを起こす余裕など毛頭ないようだった。
茶器を片づけに台所に2人で立った時、社はぼそりと呟いた。
「井の中の蛙―やった。オレは…。せやけど、これからは…」
「ボクだってそうだったよ。進藤に会うまでは。」
「ハッ、かなわんなあ進藤には。そう言えばあいつ、何であんな高永夏に
こだわるんかな。寝る前にちょこっと聞いてみるわ。」
「多分、聞いても進藤は答えないと思うよ。」
「…なんや見てると、お前ら夫婦みたいなあ。洪ナントカの事といい、
塔矢アキラは進藤ヒカルの事は何でも知っとるらしい。」
社は冷やかしの溜め息をついて頭を掻き、台所を出ていった。
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パンフレットの写真で見ると高永夏は少し大人びた風貌で綺麗な顔だちをした
少年だった。アキラは目蓋を少し揉んで、棋譜のコピー数枚が挟まったその
パンフレットを脇にやり、枕元のスタンドを消して眠りにつこうとした。
しばらくして、部屋の入り口の戸が少し開いたような気配があった。
アキラは直ぐにそれに気付いてすぐスタンドの明かりをつけた。
相手は一瞬驚いたように戸の影に身を引いた。アキラの心臓が不安で高鳴った。
「…ごめん、塔矢。起こすつもりなかったんだけど…。」
「…進藤」
開いた戸と柱の間に立っていたのはヒカルだった。
ヒカルはするりと細い隙間から部屋に入ると戸を閉めて、体を起こしかけた
アキラの傍に座った。
小さなスタンドの明かりの中でヒカルの前髪と瞳に映った光が揺れた。
「何か…寝つけなくて…」
「…社は?」
夜この部屋に来る者がいるとしたら社の方かとアキラは思っていた。
「あいつ死んでる。ガーガーすげえいびき。寝る前になんかごちゃごちゃ
聞いて来てさ、もオ…」
そう言いながらヒカルはごそごそアキラの布団の中に入って来た。
社の手前、必要以上にこういう事をしないでおこうと言ったのはどこの
誰だったやらとアキラは溜め息をついた。
それでも隣に横になったヒカルに布団をかけ直し、並んで横になった。
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そのまま直ぐにヒカルは目を閉じた。
ただ本当に隣で眠るだけのつもりのようだった。
そんなヒカルの横顔を見つめながらアキラの喉元までヒカルに事情を問う言葉が
出かっていた。が、止めた。
今夜はこのままただ眠る事を優先させた方がいいと思った。
「…へへ、この布団、塔矢の匂いがする。」
目を閉じたままそう言うヒカルに、アキラは右手をそっと近付け、
手の甲をヒカルの目蓋の上に乗せた。
「…なんだよ。」
ヒカルが体をアキラに向けて目を開け、右手でシーツに押し付けるように
その手を握った。
互いに黙ってしばらくそうして見つめ合った。
やがてヒカルの指がアキラの指を一本一本なぞり始めた。
その指はアキラの手の平、手首へと移動し、腕そして肩へと薄い夜着の上から
アキラの存在を確かめるように動いていく。
ヒカルが体を起こすのとアキラが両腕をヒカルに差し出すのとほぼ同時だった。
ヒカルの体がアキラの体にほぼ重なるように覆いかぶさり、
2人の唇も深く重ねられる。
上から蓋を被せるようにヒカルはアキラの唇を塞ぎ、片腕をアキラの脇の下から背中へ、
もう片腕で頭を抱え込むようにしてきつく抱きしめた。
アキラも両手でヒカルの肩と首を抱きしめた。ヒカルの体重がアキラの全身に馴染んだ。
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このままヒカルと一体化してしまいたいとアキラは望んだ。
長く、熱いキスだった。
求めるようにアキラが歯列を開くとヒカルが舌を滑り込ませて来た。
アキラも夢中でヒカルの舌を吸った。
ヒカルのまだ乾ききっていない前髪がアキラの額に触れかかってくる。
キスを交わしながらヒカルの呼気が荒くなっていく。
「…塔矢…オレ…」
アキラの体の上で、ヒカルの中心が熱を持って昂っているのを感じた。
心臓が激しく鼓動するのがはっきりと聞こえる。
「ごめん!…オレ、何か変…」
ヒカルはアキラの体を抱いていた両手を片方ずつ離してシーツにつくと、
体を離そうとした。
「最近変なんだ…塔矢の事考えると…寝る時とか…、」
「進藤…」
アキラはそんなヒカルの頬を両手で包んだ。
アキラの心臓も激しく鳴り響いていた。
ヒカルがいつになく激しく興奮し欲しているのは明らかだった。
嬉しかった。自分がヒカルに抱いた不安がそんなヒカルの言葉と行動に掻き消えて行く。
ヒカルが何か張り詰めたものを抱えているのは確かなのだろう。
ならば少しでもそれを紛らしてあげたいと思った。
自分も、解放されたかった。
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