病床小アキラ 1 - 5
(1)
行き当たりばったりでのんびり書いていきます。
アキラくんは風邪をひいてしまいました。
昨日の夕方に突然お熱が出てしまったので、それからアキラくんはお布団の
中でうつらうつらしたり、りんごを食べたりお薬を飲んだりを繰り返しています。
朝から降り出した雪はもういくらか積もった頃でしょう。
アキラくんが窓の向こうの空を眺めていると、静かに襖が開く音がしました。
アキラくんがガンガンする頭をゆっくりと動かすと、お父さんが立っています。
「…アキラ、具合はどうだ?」
「おそとであそびたいの」
アキラくんがお布団の中から訴えると、お父さんはアキラくんの枕元に座り
おでこに手を当てて、難しい顔で首を振りました。
「まだ熱が高い。今日一日は寝てなくちゃならんな」
「……ヤ」
「アキラ……」
お父さんは困ったように溜息をつきました。
「いいから、もう少し眠りなさい」
「ねむくないんだもん」
アキラくんはずっとずっと眠っていたので、すっかり退屈していました。
「おとそ、雪がつもってるでしょ?」
「あ? …ああ」
「おそとに行きたいなあ…」
アキラくんは窓の外を見ながら、ぽつりと呟きました。
(2)
「アキラくん、風邪ひいたんだって?」
緒方さんはアキラくんのおうちに着いてすぐにアキラくんのところに
来てくれました。いつもは玄関に掛けるはずのコートも腕に掛けたままです。
「可哀相に……」
「おがたくん、おそとであそんじゃだめ〜?」
緒方さんは困った顔でアキラくんの髪を撫でました。緒方さんの手は冷たくて、
アキラくんの熱いおでこを気持ち良くしてくれます。
「アキラくんはまだ熱が高いから、今日はおふとんの中で我慢してねんねしてなきゃね」
「だって……ヤなんだもん」
アキラくんは赤い顔をして緒方さんを見上げました。『なあに?』と緒方さん
はアキラくんの髪やほっぺたを一層優しく撫でてくれます。
「おがたくんは、おうちでひとりでもさびしくないの?」
「アキラくん……寂しかったの?」
緒方さんは問い返しましたが、すぐに『そうだね、ひとりは寂しいよね』と
独り言を言いました。アキラくんの大きな目から、今にも涙が零れそうだったからです。
(3)
「オレがここにいたら、アキラくんは寂しくない? 我慢して寝ていられるかな?」
アキラくんは眉を寄せて一生懸命考えます。ですが、考えているうちに何を考えているのか
わからなくなってきました。頭を右にやったり左にやったりして考えています。
「……わかんない……」
「ハハハ。わかんないか」
緒方さんはアキラくんの傍らであぐらをかくと、持っていたビニール袋を持ち上げました。
「アキラくんにおみやげ買ってきたんだよ。プリン食べる?」
「ウン」
プリンはアキラくんの大好物です。いつものようにお布団の中から起き上がろうとしましたが、
どうしてか力が入りません。緒方さんに手を引っ張ってもらって抱き起こしてもらいましたが、
今度は目がぐるぐる回って座っていられなくなりました。
とてもプリンを食べられる状態ではありません。
「おとうさんは〜?」
お布団の中に潜り込んで、アキラくんは緒方さんに訊ねました。
緒方さんは困ってしまいました。というのも、アキラくんのお父さんはどうしても休めない
お仕事に出かけてしまったからです。
言おうか言うまいか、緒方さんはしばらく逡巡しましたが、アキラくんに嘘を言うわけにも
いきません。緒方さんはアキラくんのおでこに手をあてて熱を計りながら口を開きました。
「先生はね、どうしても行かなきゃならない仕事に行っちゃったんだよ」
「………そうなの……」
アキラくんは途端にガッカリしてしまいました。悲しくなったのか、お布団を顔の上までひっぱり
あげてアキラくんはぐずりはじめてしまいます。
「アキラくん、泣いちゃったらもっと頭がガンガンしてくるよ?」
緒方さんはお布団を少し捲り上げて、アキラくんの涙に濡れた頬をタオルで拭いてあげました。
(4)
アキラくんは、お父さんと緒方さんが色々と話をしているのをそばで聞いているのが好きでした。
2人の低い声に包まれると、それだけでアキラくんはとても安心するのです。お父さんと緒方さんが
お話しているそばでアキラくんがよくウトウトするのも、そういう理由があったのです。
お父さんと緒方さんが一緒にいてくれれば、きっと眠れると思っていたアキラくんは、途方に暮れて
しまいました。緒方さんは大好きですが、今のアキラくんには緒方さんだけでは駄目なのです。
その緒方さんも冷蔵庫にプリンを仕舞いにいってしまいました。
窓から見える空は灰色で、重い雲がいかにも寒そうです。でも、小さな雪がちらほらと舞い下りて
くるのを見るたび、アキラくんはお布団の中でモゾモゾしてしまいます。
「あ〜あ、おそとにいっちゃおうかなぁ」
大きな声で独り言を言うと、聞こえていたのか、緒方さんが「だめだよ」と言いながらお部屋に
入ってきました。両手にたくさんの荷物を抱えています。
「ねえおがたくん、眠くないのに、ねんねしなきゃだめ〜?」
「だめだって」
緒方さんは笑っています。
アキラくんがぷうっと頬を膨らませていると、緒方さんは持ってきたアキラくんのパジャマや
パンツを畳の上に置いて、アキラくんのおでこに手を置きました。
「だってアキラくん、起き上がれないくらい具合悪いんだろう?」
熱もちっとも下がってないよ。緒方さんはひんやりとしている右手でアキラくんの汗にはりついた
前髪を後ろへなでつけてあげました。気持ちがよかったのか、アキラくんはいっちょまえに「ふう」と
大きく息を吐き出します。緒方さんは目を細めて笑い、小さな耳の後ろにも冷たい手をくっつけて
あげました。
「――早く元気になって、一緒にプリン食べようね」
(5)
ストーブの上に置いてあったヤカンからシュンシュンと湯気が立ち込めます。緒方さんはアキラくんの
お布団のそばで詰め碁集を読んでいました。緒方さんの顔をアキラくんは期待を込めた目で見つめています。
「――いぬ」
アキラくんの表情がぱあっと明るくなり、それからアキラくんはおもむろに眉を顰めて考え始めました。
「ぬ……ぬ……ぬぅ……あっ、ぬいぐるみ!」
『ぬ』ではじまるしりとりは少し難しかったかもしれないなと思っていた緒方さんは、アキラくんが
無事正解へ辿り着いたことを嬉しく思い、詰め碁集から目を上げてアキラくんの様子を見ました。
アキラくんはこの新しく覚えたお遊びが楽しくてしかたがないのか、うふふと笑って悶えています。
緒方さんは少し笑って頷くと、『エライエライ』とアキラくんのほっぺたをナデナデしてあげました。
「――みどり」
「りんご!」
今度はお布団の上から右手をピンとあげて、アキラくんは即答します。今、アキラくんはどんどん知識を
貯えているのでしょう。そういえばお喋りも多くなったな、と緒方さんは今までのアキラくんの成長を思い
浮かべました。アキラくんが緒方くんと自分を呼ぶのはお父さんがそう呼ぶからで、舌っ足らずな喋りかたは
どんな大人でもつい微笑んでしまうほど可愛らしいものなのです。
アキラくんの小さな右手をお布団の中にしまいながら、緒方さんは先程よりも熱く感じられない体温に
胸をなで下ろしました。
「手は挙げなくていい。それから、おのどが痛くなるから、小さな声でね。――りんご食べる?」
「ウン」
緒方さんが『小さな声で』と言ったことを気にしているのか、アキラくんは囁くように返事をし、コクリと
頷きます。緒方さんは立ち上がりました。
「すったやつがいい? うさぎりんご?」
「うさぎちゃん!」
緒方さんはOKOKと頷きましたが、また張り切ってあげてしまったアキラくんの右手をお布団の中に戻す
ことも忘れませんでした。
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