病床小アキラ 51 - 55


(51)
 芦原さんが横から手を出して緒方さんの瞼の上から軽く押さえると、緒方さんはまた深く息
を吐き出しました。
「気持ちいいよ。……アリガトウ」
 アキラくんと芦原さんは顔を見合わせます。緒方さんは紳士ぶってはいますが基本的に天の
邪鬼で意地悪な人なので、あまり感謝の意を言葉にすることがないのです。
「緒方さんそれはね、あし……たっ」
 芦原さんがしてくれたんですよ。そう言おうとしていたアキラくんが眉を顰めました。アキ
ラくんの手の甲を、芦原さんが抓ってきたのです。
「何をするんですか」
 アキラくんが芦原さんを睨み付けると、芦原さんはニコニコ笑っています。
「よかったな、アキラ」
 片目を閉じて笑う芦原さんに、アキラくんは芦原さんの思惑を知りました。多分芦原さんは、
緒方さんを気持ちよくさせたというだけで満足なのでしょう。多少申し訳なく思いながらも、
アキラくんも話を合わせることにしました。
「そうですね――、よかった」


(52)
 アキラくんたちが来る前に服用していた風邪薬が効いてきたのか、どうやら緒方さんは寝入っ
てしまったようです。芦原さんが固く絞ったタオルを緒方さんの額に乗せると、アキラくんと
芦原さんは緒方さんの部屋を後にしました。
「お弁当……緒方さん食べられるかな。ねえ芦原さん、どう思います?」
 キッチンと繋がっているリビングのテーブルの上で重箱の蓋を開けて、アキラくんは芦原さ
んに訊ねました。黒豆や数の子、焼き海老、だし巻き卵、栗きんとん、昆布巻きに筑前煮といっ
たものが漆塗りの重箱の中にぎっしりと詰め込まれています。
「どうだろうなあ。一人暮らしだし、見たところ女っ気は皆無だし、ここ最近の緒方さんの食
生活は悲惨だったとは思うんだけどねー」
 「女っ気は皆無」というところに非常に力を入れて語ると、芦原さんは小さめの鶏の唐揚げ
を一つ摘んで口に放り込みました。
「普通、熱があると食欲なくさないか? 味覚とかも変わると思うし」
 『アキラは違うの?』と聞き返しながら、芦原さんは今度はかまぼこに手を伸ばしています。
「ボクはあまり食事の量は変わらないんですよ、多少体調が悪くても。…芦原さん、おなかが
空いているならどうぞ」
 アキラくんは冷蔵庫の隣にある真っ白の食器棚から平たい皿を取り出すと、2番目の引き出
しを迷わず開けて深緑の箸を見つけました。


(53)
 最近使われた様子がないそれらを洗っているアキラくんの背中を、芦原さんはニヤニヤ笑い
ながら見ています。
「アーキーラ」
「なんですか?」
 アキラくんはまた別の引き出しを開けて布巾を取り出すと、お皿を拭いて芦原さんに手渡し
ました。新しい気分で新年を迎えられるように年末に髪を切るのが塔矢家の習慣ですが、首を
傾げるアキラくんのおかっぱもいつもより短く整えられています。   
「よくここでご飯食べたりする?」
 赤飯のおにぎりと全ての種類のおかずを少しずつお皿に移して、芦原さんは早速大きな口を
開けておにぎりを頬張っています。
「どうしてですか」
「普通、そんなところに箸や布巾があるなんて思わないだろ」
 アキラくんはヤカンを火にかけて戻ってきました。芦原さんが食べている隣に座り、頬杖を
ついてその様子を眺めています。
「たまにですよ。お母さんたちがいないときに夕食をご馳走になったり」
「いいなー緒方さんの手作りのご飯。あの人器用そうだもんな。それよりさ、おにぎり、もう
1つ食べていい?」
 そう言いながらも、芦原さんは既に白いおにぎりを手にしていたのです。


(54)
「今日お見舞いに来たことをネタにして、今度ご馳走してもらいましょう」
「アキラからも頼んでくれる?」
「ハハ、いいですよ」
 2人で顔を見合わせて笑っていると、やがてヤカンがシュンシュン音を立てはじめました。


「あっ、まだねんねしてなきゃダメッ!」
 起き上がろうとすると、ミニサイズのアキラくんが必死の形相で抱き着いてきます。
「トイレだよ」
「ダメー」
 しがみついてくるアキラくんの力はとても強く、押さえられているのは足なのに上半身にさ
え力が入りません。緒方さんは困ってしまいました。
「じゃあトイレまでアキラくんが連れてってくれる?」
「うん!」
 張り切って返事をするアキラくんは小さいくせにとても上手に氷嚢を外し、緒方さんの身体
を支えて起き上がらせてもくれました。緒方さんの腰の高さよりも低いところから伸ばされて
いるアキラくんの手に導かれながらトイレに辿り着き、ぐるぐる回る大きなラフレシアの花の
中央部分に向かってズボンの前立てを開いたとき、緒方さんは身体を大きく震わせて目を覚ま
しました。


(55)
「ハハ、夢か」
 緒方さんは照れてひとりで笑った後、ふらりと立ち上がって寝室を後にしました。アキラく
んたちのお陰か、随分楽になったようです。
 キッチンへ続く廊下を歩いていると、てっきり帰ってしまったと思っていた2人の声が聞こ
えて来ます。緒方さんは思わず口元を綻ばせました。
 ――アキラからも頼んでくれる?
 ――ハハ、いいですよ
「何を頼むんだ……?」
 リビングに入りながら独り言のように呟いた言葉を、2人は聞き逃したりしませんでした。
一斉に振り向くとエヘヘと笑って誤魔化します。 
「あ、緒方さん、ごはん食べられますか? お母さんにお弁当作ってきてもらったんですけど。
緒方さん、年末から寝込んでたからおせちまだ食べてないでしょ」
 アキラくんは立ち上がり、緒方さんに椅子をすすめました。
「いや、今はいいよ。それよりも、水を一杯もらえるかな?」
 緒方さんは椅子にどかりと腰を下ろすと、アキラくんが手渡してくれたコップを呷りました。
喉が渇いていたのか、緒方さんはすぐにお代わりを頼みます。それを見越していたのか、アキ
ラくんはスポーツドリンクのペットボトルを手に持ったままでした。
「ねえ緒方さん。ごはんが駄目なら、りんごはどうです?」
 緒方さんの差し出すコップにお代わりを注ぎながら、アキラくんはそんな提案をしました。



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