白と黒の宴 10 - 11
(10)
大きな手が目まで覆うようにアキラの額に当てられた。続いて耳の下辺りの首にも。
「…食事どころじゃなさそうだな。」
アキラの体を抱きとめて初めて緒方はアキラの体温がひどく高い事を感じ取った。
「車を下に持ってくるからここで待っていなさい。」
アキラは驚いたように緒方の顔を見上げた。
「そんな、…大丈夫ですよ、ボクは別に…」
緒方の体から離れようとするアキラの両腕を緒方が掴んだ。
「ここで待っているんだ。」
感情を見せない薄い色の瞳でぴしゃりとそう言われてしまうとアキラに反論の余地はなかった。
緒方が部屋を出て行った後、アキラは壁にもたれ掛かって自分の腕で自分の体を抱いた。
寒気がしてきた。
“オレがあたためてやろか…”
背後の壁から腕が伸び出て羽交い締めにされるような気がした。自分はまだこうして社に
捕らえられたままだ。彼がどんなに硬く熱く自分を突き上げたかはっきり覚えている。
死に物狂いで抵抗すれば、逃げる事が出来たかも知れない。だが自分はそうしなかった。
虫が這い回るような研究会の連中の感触を忘れたかった。
そして実際、社に抱かれた後はそれらが消えた。
だが今度は荒々しい激しい感触に悩まされている。そして今は収まっているが、また
いつ激しく体内で燃え出すものが現われるかもしれない。もしかしたらもう始まっているのかもしれない。
別の相手が必要なのだ。社の痕跡を消すためには…、そしてアキラは首を振った。
「なにを、バカな事を考えているんだ、ボクは…」
(11)
緒方はすぐに戻って来た。壁にもたれ掛かったまま動けないでいたアキラを
もう一度肩を抱くように引き寄せ、事務所のドアに鍵をかけて歩き始める。
アキラは遠慮して離れようとした。だが緒方は力を入れてアキラの体を強く引き寄せる。
歩く内にアキラは体重を緒方に預けるようになった。
緒方の広く厚い胸板に触れているとなんだかすごく安心できた。
少なくとも今は社の腕の幻影から引き剥がしてくれていた。
助手席のシートを幾分倒し加減にして、流れていく夜の街のネオンをぼんやりと眺める。
車は自宅ではなく、緒方のマンションに向かっていた。
「そんな状態の君を一人にさせておけない。」
本当は緒方は夜間も開いている病院にアキラを連れて行こうとした。アキラは必死にそれを断った。
体を見られるのだけはどうしても避けたかった。
あまりにアキラが嫌がったため、その代わり緒方の部屋で薬を飲んで休むことになったのだ。
「…どうりで何か様子がおかしいと思った。具合が悪いのに、わざとそれを誤魔化すように振る舞っていたのだろう。
まったく君は…」
緒方は片手で煙草を取り出しかけて、すぐにそれをしまう。
「元名人もそうだったよ。ギリギリまで我慢して、突然40度もの高熱を出して
倒れた事があった。君がまだ赤ん坊だった時かな。」
「すみません…」
|