白と黒の宴 1 - 5


(1)
体の奥に燻っていた火種は一時的にしろ、鎮火した。
ただ社との激しい性交渉の痕跡はしばらくアキラを苦しめた。
処構わず強く色濃く遺された刻印と、鋭く刺し貫かれた感触。
アキラは何度か猛獣のような生き物に犯されながら喰われる悪夢に苛まれた。
それ程に社の攻め方は執拗で激しかった。そして、熱かった。研究会の面々によって与えられた快感とは
全く違うものだった。時間的には短いものだったが、体を乗っ取られてしまうような、それこそ今にも
社に肉体を食い破られ血みどろになるのではないかという恐怖感があった。
それによってさらに感覚が研ぎすまされ高められた。自分でも驚くような声が自分の口から何度も漏れた。
二度と、会いたくない。

「寒いのかい?アキラくん。市河さんに暖房強めてもらおうか?」
ふいに声を掛けられ、弾かれたように顔を上げる。
「緒方さん…」
碁会所で緒方と顔を合わすのは久しぶりだとアキラは思った。
「震えていたようだったし、顔色も悪いな。」
「いえ…」
言葉少なに目を伏せ、アキラは並べて居た棋譜を片付けようとした。その手を緒方が掴んだ。
「初手天元か…。面白い打まわしだな。」
アキラはハッとなった。無意識のうちにあの時の棋譜を並べ返していたのだ。
興味深気に緒方が盤面を覗き込む。じっと見つめる。
アキラは、まるであの後の社との情交を緒方に見抜かれているような錯角を抱いた。


(2)
手首にはまだうっすらと社に掴まれた指の痕が残っている。
袖ごと緒方に掴まれているので見つけられる事はないだろうが、フラッシュバックのように
あの時の社の手の感触が手首から首筋にまでかけてアキラの身体の皮膚に近い部分を走った。
「よかったら続きを見せてくれないか、アキラくん。」
緒方が手を離し、断る理由を見つけられずアキラは言われた通りに緒方の視線の下に
あの時の棋譜を並べた。

ある意味、あの時の痕跡に苦しめられているのは大阪の自宅に戻った社も同じだった。
「ア…アッ!ハルくん、…すごい…!!」
何人かいるSEXフレンドの中でも特上クラスの少女を選んだつもりだった。
ベッドを激しく軋ませて相手の中を突き掻き回す。形の良い乳房を荒々しく揉みほぐす。
そうして自分自身もようやく到達し―もちろん、相手が相手なのでゴムの中に、そして
ハアハアと息を荒気て早々に抜き出てベッドに横になり、少女に背を向ける。
「…ハルくん…?」
肩まである、最近では珍しいストレートの黒髪をかき上げながら少女が社の首に腕を回して来た。
いつもならそのまま二戦、三戦に突入するのが一度で終わった事に不満を持ったようだった。
「今日はもう終わりや。帰れ。」
蜘蛛の巣のように絡みつく少女の細い腕を鬱陶しそうに払いのけて社はベッドから降りた。
「…東京から帰って来てから、ハルくん、何かおかしいわ。みんなそう言うてる。」
「帰れったら帰れや。」
渋々少女がベッドの反対側に降りて服を着始め、髪をとかす。


(3)
その後ろ姿を横目で見ながら社はその少女を選んだ理由に自分自身呆れ、苦笑いした。
さっきまで少女の胸を揉んだ自分の手を見つめ、感触を消そうとするようにごしごし
ベッドカバーに擦り付ける。
余分な肉の塊だ。少女の体の表面も内部もひどくぶよぶよして気持ち悪かった。
妙に媚びるような甘ったるい声もわざとらしい表情も嫌だった。
塔矢アキラの代わりとなるものなどない。それを確かめる為に少女を抱いたようなものだった。
あの時まで同性を抱きたいなんて思った事などなかった。
それほどにアキラは魅惑的だった。
塔矢アキラが持つ美しさはそこらのテレビタレントやグラビアアイドルの美少女とは全然違う。
アキラの髪はまるで一枚の絹の布のように絡まる事なく指先の合間からサラサラ流れ落ちた。
元々社は性的な興奮を高める対象を求める行為に興味が薄かった。年頃になって体がそういう
要求をするようになると手頃な異性が向こうから周囲に寄って来た。
体格に恵まれ運動神経も良かったので碁を打つ傍ら運動部の助っ人にかり出される事もあった。
世程気に入った相手とでなければ余分な会話をしようとは思わなかった。
そう言うところが女性の興味を惹くものらしい。
その自分が強烈に惹かれた。塔矢アキラに。
初めてアキラを見かけた時、碁だけではない、アキラの肉体が持つ価値を直感で感じ取った。
直感は当たった。服を脱がせてみると肩幅こそそこそこ少年体型のものはあるが想像以上に
美しい骨格だった。驚く程ウエストが細く華奢だった。
そしてどこを触れてもしっとり手に馴染む滑らかな肌をしていた。


(4)
アキラの中に入った時、自分が抱いているのが男とか女とか、そういう概念を一瞬で全て
打ち消されて取り込まれた。
目を固く閉じ、唇を噛んで自分の身体の下で必死に媚態を押さえようとするがその意志とは裏腹に
アキラの体内は艶かしく脈打ち、うねって社のモノをさらに飲み込もうとどん欲に蠢めいた。
声を出すまいとする傍から吐息が混じったハスキーな喘ぎ声が断続的に漏れていた。
『…や…ハア…、だめ…っ』
そしてクンッと腰を仰け反らして到達した瞬間のアキラの表情が忘れられない。
『ハアッ…あ…んんっ!!』
声が出るのは一瞬で、後はただ薄く色付いた唇を開いたまま切なそうに首を振り声なく喘ぐ。
硬く目を閉じ長い睫毛に涙を滲ませて震わせる。その一瞬の声を何度でも聞きたいと思った。
まだらにピンク色に染まった胸の小く感度の良い乳首をきつく吸い、
到達しきった彼の身体を更に愛撫し続けて彼がどうなるのか見届けたかった。
あの部屋で朝まで気を失うまで抱いてやりたかった。
その時の事を思い返すだけで社の雄の部分が再び硬く勃ち上がる。
だがもう少女を抱く気にはなれなかった。
「お邪魔しましたア。」
髪を整え、お嬢様学校の制服で身を固めた少女が明るく階下の応接間の母親に挨拶をして出て行く。
「あら、もうお勉強会は済んだの?」
「ええ。…ハルくん、何か疲れてるみたいやから。」
「また遊びに来てちょうだいね。清春、送ってあげなさい。」
そんな少女と母親のやり取りをぼんやり耳にする間も社の頭の中にはアキラの姿ばかりが映し出されていた。


(5)
「…ここで相手が投了しました。」
おそらく言わなくても緒方には分かるだろうが、そう言ってアキラは石を持つのを止めた。
棋譜を並べるだけであの時の社の視線が蘇り、体に纏わり付くような感触がした。
こちらの体の奥の凝った火種の存在を嗅ぎ取った社の目だ。
「ふむ…?」
やはり黒の最後の数手が引っ掛かるのだろう。緒方は黙って盤面を眺めている。
「白はアキラくんだね。」
何かを押し隠そうとするように無言で手早く石を片付けるアキラの様子に緒方は最小限の確認だけした。
「明子夫人も中国に向かったそうだね。」
「は、はい。昨日…」
「革新派の棋士二人を抱えて、大変だな。」
ふいに、緒方の方から別の話題に向かってくれた事にアキラはホッとして笑顔を漏らした。
「時間があれば、ボクも一緒に行きたかったんですが…」
だがすぐに真顔に戻った。時間がない理由は他ならぬ緒方との対局が控えているからだった。
緒方もアキラの心中を察したのか無言で見つめ返して来た。
「もう戦闘体制に入っているンですかあ?先生方。」
市河が緒方にブラックコーヒー、アキラに紅茶を煎れてテーブルに置きに来た。
「オレ達はいたっていつも通りだよ。なあ、アキラくん。」
緒方に頷き、市河から紅茶を受け取る。咽がからからに乾いていた。
一口飲んで深く息をついて背もたれにもたれた。



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