白と黒の宴 16 - 20


(16)
「…?」
初めは気のせいかと思った。緒方はもう一度息をひそめて静かに様子を伺うと声は
寝室から確かに聞こえる。止む気配はなく、次第に苦し気に強まっていく。
緒方はドアにそっと近付いた。

誰かが自分の体の上にのしかかっているような圧迫感を感じる。さっきまで寒気を感じていたのが
今は体の中が熱い。息が苦しい。心臓が激しく脈打っている。
「はああっ…」
首筋を、胸の突起の周囲を、陰部を、そしてその奥の部分をちろちろと熱い火が這い回っている。
社が残した箇所にも火が点り熱を放つ。
「い…や…」
火を払い除けたいが腕が思うように動かせない。それよりもっとはっきりした
刺激を体がもとめて上半身を仰け反らせて、徐々に足を開いてしまう。
「うう…ん…」
体の奥深くがどうしようもなく疼く。だが表面を動く炎はそこには来てくれない。
ただ弄ぶように中途半端にアキラを昂らせては消え、また点っては嬲る。

「アキラくん…?」
夜中になって熱が上がってうなされているのだと思い、緒方は寝室のドアを開けた。
そして目に入った光景に言葉を失った。


(17)
掛け布団はベッドから床の上にずり落ち、そのベッドの上でアキラは苦し気に喘いでいた。
仰向けでパジャマの前を全てとりはらい、左手で自分の胸をまさぐり、
ズボンを股までずり下げて右手で陰茎を嬲っている。
全身にうっすらと汗を纏い、時々体を震わせて自分で自分に刺激を与える行為に熱中していたのだ。
緒方は後ずさり、壁に背を持たせかけた。
ただ驚いて、しばらくの間そのアキラの仕種に言葉もなく釘付けになった。
「ふ…う…ん…」
切なく声を漏らし、胸をのけ反らせ、くぐもった声と甘い吐息をアキラは吐き続ける。
目蓋は半分開きしきりに黒目が当て所なく動いているが意識はないようだった。
今にも弾けそうに膨らみ切って先端から透明な液を滴らせているアキラ自身は
時折さらなる要求するかのようにアキラの指の隙間からびくんと跳ね上がる。
そして体のあちこちに色濃く浮かび上がっている明らかにそれとわかる刻印。
表情を失くしそれらに視線を縫い付けられたまま緒方はゆっくりとアキラに近付いていった。
アキラは緒方の気配に全く気付く様子もなく曖昧に指を動かしている。
白い胸のあちこちが桃色に染まり両方の乳首はくっきりと尖り立っている。
緒方は陰茎を包み摩っていたアキラの右手の手首をそっと掴んでアキラの顔の脇に押し当てた。
アキラの手は燃えるように熱かった。
「ん…っ」
それでもまだアキラの意識はどこか彷徨ったままで、刺激を求めるように腰を揺らし、
胸に触れさせていた左手を下半身へと伸ばした。
緒方はその左手も掴んで反対側へ押し付け、アキラの自由を奪った。


(18)
炎の中でアキラはもがいていた。
望むものを与えてくれない淫火を払い除け、代わりに自らの手で自身に刺激を加える。
頭のどこかでそれを浅ましいと思いながら止める事が出来ない。
自分の部屋で深夜その悪夢に目覚め、悪夢の続きのまま自慰にふけることがあったが
最後まで行き着く事はどうしても出来なかった。
ましてやここは緒方の寝室だ。
そんな場所でいけない事をしているという意識がさらに情欲を掻き立てる。
ふいに、その両手を捕らえられたのだ。

「う…ん…」
数度不自由な手首を引き抜こうと動かそうとし、それと供にゆっくりと覚醒するように
アキラの瞳が目の前の緒方の顔に焦点をあてはじめる。
「…緒方…さん…?」
何故、こんな間近に緒方の顔があるのか、そして何故自分が押さえ付けられているのか
アキラはぼんやりと考えていた。
次の瞬間自分がほぼ全裸の状態である事に気が付き、小さく悲鳴を上げかけた。
が、すぐに声を飲み込んだ。
…違う、ボクだ。ボクが自分で…
夢の中と現実の境界線で自分が何をしていたか、アキラには分かっていた。
そしてそれを緒方に見られた、と瞬時に理解した。
全身の血が逆流するような恥ずかしさ頬を紅潮させアキラは緒方の視線から顔を背けた。


(19)
何か自分の体を隠すものが欲しかった。アキラはシーツに横顔を押し付けたまま両手を
動かそうとするが、それをさせまいとするように緒方が手の力を強める。
「緒方…さん!?」
緒方の突き刺さるような視線を感じる。その視線は何ひとつ見落とす物を許さないというように
アキラの体の上を隅々まで観察し冷静に移動している。
「緒方さん…!」
横を向いて目を閉じたままアキラは再度懇願するように泣き声混じりに訴える。
早くこの状態から解放して欲しかった。
ベッドの横から片膝を乗り上げて左側からアキラの体を押さえ込んでいる緒方の目から隠すように
アキラは膝を立てて曲げ、反対の右側に腰からひねるようにして倒した。
だが下肢で依然熱を保ったまま血液を溜め込みそそり勃ったその先端は、アキラの意識とは裏腹に
冷徹な観察者の視線に敏感に反応し、新たな透明な雫を溢れさせた。
反り上がってほぼ先端が腹部に接しているために溢れ出た透明な雫は
アキラの腹部を伝わってシーツまで届いた。
それ以上の身動きが出来ないまま、アキラは緒方の視線の下にいた。
あまりの恥ずかしさにアキラは涙ぐみ、消えてしまいたいと願った。
緒方の思考が読めなかった。ただ無言でアキラの肉体を目で犯し続ける。
まるで飢えた獣の前に裸で柱に縛り付けられているような感覚がした。
そして、研究会の連中や社に同じようにされた時の記憶が蘇って来た。


(20)
彼等が押さえ付けたその状態のアキラにどんな事をしたか。
次の瞬間体の奥が甘く痺れるような電流が何度か走り、呼吸が早まり、動悸が激しくなった。
「あっ…あ」
自分で制御出来なかった。それは急速に高まって膨れ上がり、出口に向かう。
「緒方さ…っ」
ビクンッと全身が震えた。
「…ない…で…」
体が痙攣し温かい体液が腹部に降り掛かるのをアキラは感じた。
感情をなお見せない緒方の眼下でアキラは射精してしまったのだ。
自分で自分が信じられず、激しいショックにアキラは打ちひしがれた。
「…誰が、お前にそういうことを教えた。」
静かに緒方が言葉を発した。アキラはドキリとした。
「相手は誰だ」
緒方は押さえているアキラの手首に残る指の痕を親指で撫で、アキラの胸や腕の内側の
肌の柔らかい部分を狙ったように残された刻印を顎で指し示す。
「…進藤か」
弾かれたようにアキラは緒方を見て、首を横に振った。
「違う…進藤はこんな…」
緒方の目は、分かっているというふうだった。ただ確認しただけのようだった。



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