白と黒の宴 61 - 65


(61)
社は改めて興味深く緒方を見返した。そして息を飲んだ。
感情の読めない無機質な、だが鋭い光りを宿した緒方の瞳があり、その瞳を通じて自分を
静かに睨み据えるアキラの視線を感じたのだ。
(…塔矢アキラに試されとるワケか…)
社もまた、緒方を睨み返した。
黒は社が持った。だが、慎重を期して考えに考え、右上スミ小目に置く。
普段の社を知る者達からどよめく声が漏れた。
比較的短期間で成長した社はあまり長考せず感覚で走るタイプだった。定石に捕われず
思いきった手を打つ。だが当然その下には複雑な読みと計算が含まれている。
胸を借りるというのではなく本気で勝ちに行くつもりなのだろう、と誰もが思った。
それに対する緒方の応手は意外なものとなった。
ノゾキにしてもヒラキにしても社を上回る先手で仕掛けられて来た。
常連客らはそれを見て、「まるで清春の次の手を予測しとるようや」「いや、っていうよりか
まるで清春の打ち方や…」「けしからん。大人が子供のマネをするとは…」と驚きを口々に
していたが、それ以上に社は動揺していた。
初段の社の棋譜などさほど記録としては残っていないはずである。
(…まさか)
動揺を隠し、社は出来るだけ冷静に対局を進めようとする。
(…塔矢アキラとのあの一局を見ただけでオレの打ち筋を見切ったいうんか?)


(62)
社の手が止まる。口元に手をあてて考え込む。相手が相手なのだから当然と見る向きもあったが
この囲碁サロンではあまり見る事のなかった社の様子に常連客らも声もなく見守る。
片手を口元に置いたまま社がゆっくりと石を運びある箇所へ置く。
緒方もまた、2本目の煙草に火を点け一拍置くように眼鏡に手をやり、次の一手に時間をかける。
一本の木を挟んで睨み合う虎と獅子のように緊張感の中でのやり取りが続く。
先刻の社の一手で流れが変わったが緒方の読みを警戒し、性急な打ち込みを避け、局面は複雑化した。
常連客の何人かは戦況が理解出来ず脱落していく中、年長の客は展開よりも社の様子に見入っていた。
手をあてた隙間で社の唇は笑みを浮かべていた。
「…清春があんな楽しそうに打つのを見るのは久々や…」
年長の客は腕組みをし、社と緒方の顔を見比べる。緒方は相変わらず感情を表に出さない。
「フン、やっぱどうもイケ好かんわ…」

緒方は社の見方とはまた別の意図を持ち始めていた。
社という少年の実力を計ろうとしていたのは当然前提としていたが、彼を取り巻く環境と
彼自身に興味を持ち始めていた。
常連客らに見守られ支持されているところと、そういう碁会所でチヤホヤされてきた
子供にありがちな片寄ったプライドが無いところがアキラと似ている。
見切られていると判断したらあっさり自分のパターンを捨てる。その上で更に的確な手をよく考えて打って来る。


(63)
アキラが碁会所で社と打った後で、社を見送りに一緒に出て行ったという話を市河から聞いた時は
にわかに緒方としては信じられなかった。
社のどこかにアキラが惹かれた部分があるとすればそれを確かめないわけにはいかなかった。
「進藤だけかと思っていたが…」
ボソリと緒方が呟き、「?」と社が顔を上げる。
その時点で僅差ではあったが緒方の優勢は変わりそうにはなかった。
「ここまでやな…」
社が石を離し、頭を下げた。
「ありません。」
ハッキリとした声だった。負けたとしても食らい付ききったという自負があるのだろう。
緒方は煙草を灰皿に押し付ける。
「…オレが出来る事は塔矢アキラにも出来る。この次は彼に対し同じようなやり方は
二度と通じん。ましてや…」
石を戻しながら緒方は社を見据えた。
「弱味につけこむようなマネは止めてもらおう。」
(…こいつ…)
囲碁の事だけを指しているのではない。緒方とアキラの関係が特別であると社は確信した。
そして緒方が席を立って帰ろうとした時、我慢出来ないといった様子で
数人の常連客が緒方を囲んだ。


(64)
「聞き捨てならんなあ、そらあ。清春はそんなマネせんわ。ワケの分らん言い掛かりは止めといてもらおか。」
「せや、うちの清春を親の七光りのぼんぼんと一緒にせんといてくれ。」
聞き捨てならないと言ったように睨み返したのは緒方の方だった。
その眼光の鋭さにその場に居た者たちが怯んだ。
「『うちの』という言い方、もう止めてくれんか、恥ずかしい。」
社が客らと緒方の間に割って入り、緒方に頭を下げた。
「申し訳ないです、緒方先生。…途中まで送ります。」
後をついて来かねない客らにひと睨みして、社は緒方とそこを出た。

出て間もなく裏道に入り、歩きながら社は唐突に緒方に問いた。
「恋人なんですか?塔矢アキラは緒方先生の…」
緒方が社を睨む。だがそう問われることは予想していたようだった。
「…違う。」
その答えは社にとって意外だった。社がアキラを抱いた時、アキラがそういう行為が
初めてではないと感じとったし本人も否定しなかったからだ。
だがそれは今は口にしてはいけないと思った。
「そやったら…関係ないと思いませんか。…オレが塔矢アキラに近付こうがどうしようが。」
緒方の足が止まった。だが社は臆せず続けた。
「オレは本気です。塔矢アキラも―あいつもまんざらじゃなかった。」
緒方の腕が伸びて社の胸ぐらを掴む。すぐさま社もその緒方の手首を掴み、睨み合いとなった。


(65)
裏通りとは言え人陰が無い訳ではなかったが、さして物珍しい光景でもないといった風に
睨み合う二人に特に注意を向ける者はなかった。
片や白スーツにサングラス、片や逆立てた茶髪に黒のセーターと黒のジーンズの上下に身を包んだ
鋭い目付きの若者となればかかわり合いになりたくないと思うのが心情だろう。
若干上背で勝る緒方を見上げる形で社は挑発的な笑みを浮かべていた。
「オレを受け入れるか拒絶するかは塔矢本人が決める事やと思いませんか…?」
そのまま暫く二人は動かなかった。そして緒方が口を開いた。
「君は塔矢アキラという人間が分かっていない。…抱いただけでは彼を手に入れる事は出来ない。」
その言葉に「ハハッ」と社が可笑しそうに笑い出す。
「それくらい判っとる。囲碁でもあいつに認められんとダメやゆう事やろ。とりあえず北斗杯の
選手の座を勝ち取って塔矢のチームメイトになってみせる。」
「分かっていないようだな。…アキラにとって北斗杯なぞ何の意味も持っていない。」
「塔矢が望めば四冠でも五冠にでもなったるわ。」
「その前に『障壁』が超えられるかどうかだ。」
「『障壁』…?」
怪訝そうな表情を見せる社から緒方は手を離し、社も緒方の手首を離した。
「北斗杯の選抜戦でわかる。」
言葉の意味を思案する社の前から緒方は立ち去った。
社はジーンズのポケットから選抜戦の対戦表を取り出す。自分の他七名の名が並んでいる。
「…『障壁』…?この中に…?」



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