病床小アキラ 10 - 12


(10)
 アキラくんの背中を優しくポンポンしていると、次第にアキラくんのまぶたが下がってきました。
「おがたくんのね、――だよ……?」
 おでこを何度もスリスリしながらだったので、はっきりとは聞こえません。緒方さんは一瞬背中を
叩く手を止めて、アキラくんのチェリーの唇を見つめました。
「――え?」
「うさぎちゃん、ってボクいったよ?」
 ああ、さっきのしりとりのことか。緒方さんは微笑して背中ポンポンを再開させました。
(うさぎちゃんじゃなくてリンゴって言っただろ、キミは)
 アキラくんはしりとりのシステムを理解するまでに「リスちゃん!」だの「くまさん!」だの
「プーちゃん!」だので散々自滅していて、今回のしりとりがはじめて長く続いたものなのですが、
今はとても眠いのでしょう、いつもの調子に戻ってしまいました。
「ああ、それはオレが負けちゃったんだよ。次が思いつかなくてね」
「なぁんだー」
 アキラくんは満足げににっこりと笑うと、また緒方さんの胸のシャツをきゅっと掴み直します。

 やがてアキラくんがすぅすぅと寝息を立て始めるまでに、それほど時間はかかりませんでした。


(11)
 夕暮れが近付いても大きなボタン雪はしんしんと降り続いています。ようやくお仕事が終わった
お父さんは、外から帰ってくると急いでアキラくんのお部屋に行きました。
 右手にぶら下げたビニール袋がおかしな程似合いません。
「おや」
 そぅっと障子を開けたお父さんは、お部屋のはしっこにいる2人を見て目を細めます。
「サルの親子がいるのかと思ったよ」
「なんですかそれは……」
 緒方さんにくったりと抱き着いたまますっかり寝入ってしまったアキラくんを改めて抱え直して、
緒方さんは憮然としました。
「ハハハ、この間テレビで温泉に入るサルというのを見てね。仲睦まじげな様子が似てるよ」
 お父さんは口許を押さえてクスリと笑うと、手に持ったビニール袋をがしゃがしゃさせながら中に
入ってきました。部屋の中が暗くなっているのが気になったのでしょう、途中で立ち止まって電灯
の紐を引っ張りました。ちっちゃなアキラくんが手を伸ばして届くように、電灯の紐にはリボンが
括り付けられています。リボンの端には緒方さんが持ってきたウサギちゃんのキーホルダーが
ぶら下げられていて、紐が揺れるたびにチリリと鈴の音を響かせました。


(12)
「アキラの具合は? どうかね」
「少し元気になりましたよ。薬はまだ飲ませていませんけど、リンゴを半分くらい食べました」
 そういえば。お父さんは後ろを振り返りました。アキラくんのお布団の傍にあるお皿にはウサギ
型のリンゴがころんと転がっています。
「眠ったのはついさっきです」
 離れている間中、お父さんはアキラくんが心配で心配でたまらなかったのです。何度も家に電話を
かけてアキラくんの様子を聞こうと思いましたが、アキラくんが眠っているかもしれないと思うと
それもできず、じれったい思いをしていたのでした。
 ウンウンと頷きながら、お父さんはいそいそと右手をアキラくんのおでこに持っていきます。
「――先生。冷たい手でアキラくんを触るとアキラくんがびっくりして目を覚ますんじゃ…」
 アキラくんのおでこに触ろうとした瞬間に、緒方さんから冷静な意見を出されてお父さんは慌てて
手を引っ込めました。そして自分の袴でごしごしと両手を擦り合わせます。
「…もう触っても大丈夫だろうか」
 手のひらを緒方さんに見せて、お父さんは真剣な表情で訊ねてきます。
(大丈夫かもしれませんが、それでは肝心のアキラくんの熱が判らないのでは――)
 緒方さんは心の中で突っ込みましたが、お父さんは眠っているアキラくんのおでこにそろそろと
右手をあてました。



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