白と黒の宴 12 - 13


(12)
緒方のマンションの部屋に入るのはこれが初めてだった。
その機会も必要もない位緒方の方が頻繁に塔矢家を訪れていた。
あまり生活感のない無機質な空間は緒方らしいと言えるが、淋し気にも感じた。
水槽の中で揺らめく熱帯魚の影が無彩色の空間を僅かに慰めているようだった。
「まずは、多少胃の中に何か食べ物を容れてもらおうか。レトルトの類いしかないが。」
アキラをソファーに座らせて緒方は台所に立った。
明らかに緒方は腹を立てている。見ていれば分かる。無理もない。
アキラはもう何もかも緒方に任せようと思った。目を閉じるとぐらりと地面が
揺れ動く感覚がする。二つのマグカップにクリームスープを入れてレンジで
温めたたものを緒方が持って来てアキラに渡す。
「熱いから気をつけろ。」
「…ありがとうございます。」
それを両手で受け取る。ふうと冷ますように息を吹き掛けて一口飲む。
どんなに自分の体が冷えきっていたかアキラは自覚した。
「味は、感じるか。」
自分の分はテーブルに置いたまま緒方は部屋の一角の棚の引き出しから
薬を探している。
「とても美味しいです。」
「…そうか。ならいいんだ。」
目的の薬をテーブルに置いてアキラを見遣る緒方の目の光が和らいだように感じた。
飲み物以上の温かさを感じてアキラは少しずつ落ち着きを取り戻していた。


(13)
恥ずかしい、とアキラは思った。ヒカルに会えない事で精神的にバランスを失い、
その結果こうして緒方に迷惑をかけてしまっている自分が。
碁打ちとして高みをヒカルと供に目指そうと思っていた。ひたむきに。それがこんな…。
「薬を飲んだらこれに着替えなさい。」
まだ新品のパジャマを緒方は出して来た。一目見て女モノと分かる淡いイエローの
ストライプ柄のMサイズで、アキラは当惑した。
「…これ…」
「それしかないんだ。」
おそらく誰かがいつかここでそれを着て緒方と夜を過ごす意味で用意されたものなのだろう。
そして気の毒な事にどちらの都合かは分からないがそれが叶わなかったと。
緒方が女性と一緒の所を見かける事は時々あった。ただ、その相手は不特定だった。
人の顔を覚えるのが得意ではないアキラにもそれは分かった。
緒方は結婚しないんだろうか、とアキラはふと考え、余計な事だな、と首を振った。
緒方にとっての女性とは一時の心の隙間を埋める色彩程度のものであればよいのだろう。
彼もまた、真の安らぎを戦場にしか見出せない白と黒の戦火に捕われた孤独な兵士なのだ。
セーター以外の衣類は洗濯機に入れるよう緒方に言われた。どちらでもよかったのだが、
ついでがあるからと言われた。
緒方は自分用にワインを棚から出して夕食代わりのハムやチーズを冷蔵庫で物色している。
そうして脱衣所の中で服を脱いだアキラだったが、ふと洗面台の鏡に映った自分の姿が目に入った。
ガタッと小さな物音がしたような気がして緒方が脱衣所の方に声を掛けた。



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