白と黒の宴 14 - 15
(14)
「大丈夫かい、アキラくん。」
「…何でもありません。」
脱衣所の中の洗面台に体重をかけるようにして、バランスを保つ。
パジャマをはおって封じるように前のボタンを留める。
熱のせいだろうか。社の残した痕跡がやけにくっきり浮かび上がっているように感じた。
まるでアキラの何かをあざ笑うかのように。少し指が震えた。
着替えが済み、薬を飲み終えたアキラを緒方は寝室のベッドに連れて行った。
「緒方さんは?」
「最近はソファーで寝る事の方が多い。」
実際、ソファーの脇に空の酒瓶と供に枕代わりになりそうなクッションや掛け毛布が
無造作に置かれていた。
寝室は間接照明とベッド以外読みかけの本や雑誌がラック付近に散らばっている程度の
殺風景なものだった。
奥一面のブラインドが閉じている窓もどこか冷たい雰囲気を強調している。
意外に煙草の臭いはしなかった。リビングが余りに臭ったという事もあるが。
その人の部屋に入ると言う事はその人の内面を感じるような事だとアキラは思った。
温かいが、冷たい。冷たいが、優しい。
「いろいろありがとうございました。おやすみなさい。」
「…おやすみ。」
慣れない会話をするようにどこかぎこちなく緒方は答え、寝室のドアを閉めた。
(15)
ベッドに入ると眠気はすぐにやって来た。両手を広げても淵に届かない、背伸びをしても
足の出ない大きさにかえって落ち着かない感じがしたが。
自分は疲れているのだ。早く体調を整え、万全の構えで緒方と戦うのだ。
それが今夜の事に対する緒方への返しとなるのだとアキラは思った。
目を閉じ、深く呼吸をする度に体が闇に沈みこんで行く。
深く、深く、夢も見ない程深く眠りたい。そう願った。
だが、それは叶えられなかった。
軽くシャワーを浴びてガウンを羽織り、ワイングラスを脇に置いて緒方はパソコンに向かっていた。
ちらりと時計を見る。0時を少し回ったところだった。アキラが寝室に入った後一度だけそっと覗いてみた。
その時はアキラはスースーと穏やかな寝息を立てていた。緒方はしばらくアキラのその寝顔に見入っていた。
少しだけ額に汗が浮いていた。そっと緒方はガウンの袖で拭き取ったがアキラは何の反応も
見せなかった。
緒方は指先で額に張り付いたアキラの前髪に触れようとして、止めた。
「少し早いが、オレも寝るかな…。」
もう一度アキラの様子をうかがおうかどうか迷ったが、メガネを外してテーブルに置き、
そのままソファーに向かう事にした。
その緒方の耳に、小さく呻くような声が聞こえた。
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