病床小アキラ 19 - 21
(19)
「アキラ。もしかして頭が痛いのか?」
お父さんはふいに真顔になってアキラくんの目を覗き込みました。
アキラくんは高い熱を出して、さっきまで寝込んでいたのです。
「ううん」
アキラくんは右に左にと傾けていた首をまっすぐにしました。そこを捕まえて、お父さんは
アキラくんのおでこに自分のおでこをくっつけます。――大丈夫です。まだすこーし普通より
温かい感触がありましたが、心配するほどのことではありません。
お父さんはほうっと息を吐き出して、アキラくんを膝の上に降ろしました。
「熱が下がったようだな。…何を考えていたのかい?」
「んっとね……。わかんなくなっちゃったー」
テヘっと笑うアキラくんを見て、お父さんもフフと笑います。
「そうか。わかんなくなっちゃったか」
切り取られたような黒い空から、雪がまた少し降ってきました。
(20)
フンフンフーン♪と鼻歌を歌いながら緒方さんが入ってきました。いつもより時間をかけて
台所を自分好みに磨き上げたので気分がいいようです。
「アキラくん、もう寝るかい?」
ちょこんとお父さんの膝の上におさまったアキラくんに、緒方さんはにこにこ笑って手を伸ばし
ます。アキラくんが握っていた2つのスプーンと、プリンが入っていたお皿を取ると、緒方さんは
また台所に行き、今度はすぐに戻ってきました。
「おふろは〜?」
「アキラくんは今日は止めてた方がいいんじゃないかな。ねぇ先生?」
「うむ」
偉そうにするつもりはないのですが、もともと無口なお父さんは今日も厳かに頷きます。
「あ、でも着替えた方がいいかな。汗かいた?」
「ううん」
アキラくんがふるふると首を振るのにも関わらず、緒方さんは軽やかに立ち上がってアキラくんの
着替えを抱えて来ました。緒方さんが持ってきたパジャマやおぱんつをコタツの中に押し込んで
いる間に、お父さんはお湯で濡らしたタオルでアキラくんの顔を拭いてあげます。
「気持ちいいだろう?」
「うん」
アキラくんは目を閉じて、ふうと溜息をつきました。
(21)
緒方さんがコタツで温めてくれたパジャマはほこほこしていて、アキラくんはご機嫌です。
「あったかーい」
「そうだろう? さあ、部屋に戻ろうか」
当然のように両手を延ばしてくるアキラくんに緒方さんは苦笑しました。アキラくんはもう
十分一人でも歩けるのです。あまり抱っこしてばかりもよくないような気がしていました。
気のせいか、背中に突き刺さるお父さんの視線も『抱っこはなるべく控えてくれないか』と
訴えているようでもあります。
「おがたくん、だっこ〜」
ですが、『緒方さんの心アキラくん知らず』です。アキラくんはいつものように緒方さんの
足に抱き着き、そのままよじ登ってきそうな勢いでした。
(仕方ないな……。具合も悪かったし)
アキラくんが聞き分けの良い甘えっこなのは昔からですが、今日は具合が悪くて頑張って
眠っていたのです。大好きなお父さんも留守にしていたし、多少甘えっこがひどくなっていても
仕方がないことかもしれません。
「……本当は、あんまりだっこしちゃいけないんだよ?」
緒方さんはお父さんにも聞こえるように呟いて、不思議そうな顔で見上げているアキラくんを
ひょいと抱えあげました。
「どれ、私も行こうか。今日は私も一緒に寝よう」
「ほんとっ?」
お父さんが頷くと、アキラくんは喜んでバンザイし、また緒方さんのあごを殴ってしまいました。
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