病床小アキラ 24 - 27
(24)
ピチュピチピチュと久しぶりのスズメの鳴き声に、アキラくんは目を覚ましました。
昨日の泣きたいような嫌な気分や頭の重さはどこかへ行ってしまい、アキラくんは壁側で眠って
いるお父さんと、障子側で眠っている緒方さんの様子を交互にそうっと窺いました。
2人ともよく眠っていて、アキラくんが人差し指でほっぺたをツンツンつついても目を覚ます
気配はありません。
「――みんなねんねしてるねぇ…」
アキラくんは自分に言い聞かせるように独り言を呟くと、んしょんしょと何枚も重ねられた掛け
布団の中から這い出してお布団の上に座りました。赤外線のヒーターが部屋を暖かくしてくれている
のでそれほど寒くはありませんが、アキラくんはお布団の上にかけてあったプーちゃん半纏に袖を
通します。
「うさぎちゃん……」
小さな声で呟き、アキラくんはエイッと立ち上がりました。立ち上がると緒方さんのお布団を
踏みしめて歩いて、アキラくんはこっそりと障子を開けました。裸足で降りた廊下はひんやりと冷
たくて、アキラくんは一瞬飛び上がりそうになりました。ですが、頑張ってぺたぺた歩いていきます。
朝起きたら、最初にアキラくんにはすべきことがあったのです。
(25)
アキラくんはとてとてと8歩ほど不器用に歩き、辿り着いた縁側にかかっているカーテンを開け
ました。雪はもう降ってはいませんでしたが、太陽に照らされながらもまだ大分積もっています。
「うさぎちゃん、いるかなぁ…」
ガラス越しにめいっぱい背伸びをして、アキラくんはドキドキしながら昨日緒方さんが見つけて
くれたウサギを探しました。
『もしかしたら、明日の朝にはいなくなってるかもしれないね』――ごはんを食べている間に冷
たくなってしまったお布団を暖めながら、緒方さんはそんなことを言ったのです。アキラくんはウ
サギのことが気になって気になって、とても眠れそうにありませんでしたが、またぽつりぽつりと
お父さんと緒方さんが低い声で話をしはじめたのでいつのまにか眠っていたのです。
ガラスにしがみつくように背伸びをしながら、太陽がキラキラと反射するお庭を、アキラくんは
目を一生懸命こらして見回しました。ですが、お庭はただただ白い雪が積もっているだけです。
「いないねえ…」
アキラくんはがっかりして呟くと、頑張って伸ばしていた足をすとんと落としました。
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心ががっかりしたせいか、急にとても寒くなったような気がします。アキラくんは自分のお部屋
に戻ろうと、冷たいガラスから手を離しました。
お父さんのお布団に潜り込もうか、それとも緒方さんのお布団に潜り込もうか、アキラくんは
少し悩みながら、お庭を眺めて歩きます。お庭には、お父さんが子供の頃からある池があって、
そこには大きな鯉がいます。アキラくんはよくそこでお菓子を鯉にあげているのですが、その池の
囲いになっている大きな石の上に、白いかたまりを発見しました。
「……あっ」
アキラくんは小さく叫ぶと、たどたどしくガラスの鍵をカチャカチャと回しました。
「も〜〜あかないよぅ」
この家もアキラくんが生まれるずっと前から建っているので、なかなか頑固な作りになっています。
今までに2回この戸を開けることに成功したことのあるアキラくんは、地団太を踏みながら何度も
頑張りました。
アキラくんが頑張ったおかげで、やがて三日月の形をした鍵はカシャンと外れ、アキラくんが
『えいっ』と力を込めてガラスを横にずらすと冷たい空気が一気に入ってきました。
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「ちべたっ」
冷たい空気がぴりぴりとほっぺたを刺激します。アキラくんは思わず両手で顔を押さえました。
しかし、目をぎゅっとつぶって我慢していると、その冷たさも少しずつ楽になってきました。
縁側からこっそりと身を乗り出して指の隙間から下を窺うと、いつもよりずっと近くに地面がある
ようです。そして、その地面はキラキラと光っていて、真っ白くて、そしてとても柔らかそうでした。
「ぴょんってして、いいかな……」
アキラくんはカーテンに抱き着き、両方の足の親指をモジモジしながら独り言を言いました。ウズ
ウズと身体がうずいて、遊びたくて仕方がないのです。
「ね、ぴょんって、ぴょんってしちゃおうかなぁ」
アキラくんはカーテンにしがみついたまま、何度も足踏みをしました。
側には誰もいないのに、アキラくんは周りを気にして何度も右足をサッシの縁から出しては引っ込
めたりしています。ふかふかの雪に飛び込んでみたい気持ちはアキラくんの中にてんこもりでしたが、
お父さんと緒方さんに黙って出てきたことがアキラくんは気になっているのです。
「でも、ボク、おねつはないよねぇ」
アキラくんは自分の手のひらをおでこにくっつけると『んー』と眉を寄せ、クチビルを尖らせながら
目を閉じました。おでこはひんやりとしていて、アキラくんはうふふと笑いました。
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