病床小アキラ 26 - 30
(26)
心ががっかりしたせいか、急にとても寒くなったような気がします。アキラくんは自分のお部屋
に戻ろうと、冷たいガラスから手を離しました。
お父さんのお布団に潜り込もうか、それとも緒方さんのお布団に潜り込もうか、アキラくんは
少し悩みながら、お庭を眺めて歩きます。お庭には、お父さんが子供の頃からある池があって、
そこには大きな鯉がいます。アキラくんはよくそこでお菓子を鯉にあげているのですが、その池の
囲いになっている大きな石の上に、白いかたまりを発見しました。
「……あっ」
アキラくんは小さく叫ぶと、たどたどしくガラスの鍵をカチャカチャと回しました。
「も〜〜あかないよぅ」
この家もアキラくんが生まれるずっと前から建っているので、なかなか頑固な作りになっています。
今までに2回この戸を開けることに成功したことのあるアキラくんは、地団太を踏みながら何度も
頑張りました。
アキラくんが頑張ったおかげで、やがて三日月の形をした鍵はカシャンと外れ、アキラくんが
『えいっ』と力を込めてガラスを横にずらすと冷たい空気が一気に入ってきました。
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「ちべたっ」
冷たい空気がぴりぴりとほっぺたを刺激します。アキラくんは思わず両手で顔を押さえました。
しかし、目をぎゅっとつぶって我慢していると、その冷たさも少しずつ楽になってきました。
縁側からこっそりと身を乗り出して指の隙間から下を窺うと、いつもよりずっと近くに地面がある
ようです。そして、その地面はキラキラと光っていて、真っ白くて、そしてとても柔らかそうでした。
「ぴょんってして、いいかな……」
アキラくんはカーテンに抱き着き、両方の足の親指をモジモジしながら独り言を言いました。ウズ
ウズと身体がうずいて、遊びたくて仕方がないのです。
「ね、ぴょんって、ぴょんってしちゃおうかなぁ」
アキラくんはカーテンにしがみついたまま、何度も足踏みをしました。
側には誰もいないのに、アキラくんは周りを気にして何度も右足をサッシの縁から出しては引っ込
めたりしています。ふかふかの雪に飛び込んでみたい気持ちはアキラくんの中にてんこもりでしたが、
お父さんと緒方さんに黙って出てきたことがアキラくんは気になっているのです。
「でも、ボク、おねつはないよねぇ」
アキラくんは自分の手のひらをおでこにくっつけると『んー』と眉を寄せ、クチビルを尖らせながら
目を閉じました。おでこはひんやりとしていて、アキラくんはうふふと笑いました。
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「ぴょんって、しちゃおっかな〜」
アキラくんは両手で抱き着いてぐるぐると回していたカーテンから、ぱっと手を離しました。
レースのカーテンはゆっくりと回りながらまっすぐになり、今度は冷たい風を受けてぱたぱたと
そよいでいます。
アキラくんはカーテンを端の方に寄せて、開け放したガラス戸の前に仁王立ちになりました。
「おがたくんちの、おふとんみたいだねぇ……」
雪のふかふか具合を確かめると、アキラくんは両手を腰に当てたままほうっと溜息を吐きます。
この間、アキラくんは緒方さんの家に遊びに行きました。そこで初めて見たベッドがとても楽し
かったのです。お父さんが緒方さんと話している間、アキラくんは何度も机からベッドに飛び降り
て遊んだのですが、そんな緒方さんの家のふかふかの青色のベッドよりも、今日のお外はもっと
ふかふかしているように見えました。
「ど〜〜しよっかな〜〜」
アキラくんは歌いながらそろそろと後ろ向きに歩きます。5歩も歩くと、プーちゃん半纏でもこ
もこの背中に障子がトンとぶつかって、アキラくんはそれ以上後ろに行けなくなりました。
「ん〜んっんん〜〜」
アキラくんはそのまま障子に背中をこつこつとぶつけて遊んでいましたが、やがて『こつこつ』
は『ドンドン』になるころ、アキラくんはとうとう走り出しました。
「とうっ!」
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アキラくんは踏み切りのタイミングを若干しくじってしまいましたが、両手両足をバンザイして
アキラくんなりに精一杯高くジャンプしました。
真っ白い地面が一度遠くなって、それからどんどん近付いてきます。
冷たい風がアキラくんのほっぺたを遠慮なく叩くので、アキラくんは目を開けていられずにとう
とう目をぎゅっとつぶってしまいました。
「きゃ〜〜」
アキラくんは小さく叫んで、バンザイのまま地球の重力にまかせてゆっくりと落ちていきました。
ところが、ふわふわの雪へダイブする瞬間のことです。アキラくんの身体は空中で止まってしまっ
たのです。
「んう?」
アキラくんが首を傾げていると、今度はふわっと身体が持ち上がり、アキラくんはひゅるひゅると
テープが巻戻されるように逆戻りしていきました。アキラくんがそれでもバタバタと手と足を動かし
ていると、やがてすっぽりと暖かい温もりに包まれます。
外に出ていた手足は思ったよりもずっと冷えていたようで、温もりに包まれるとピリピリと痛い
ほどに痺れてきました。アキラくんは身体を小さく縮こめて、ジンジンする痛みを堪えています。
「……アキラ」
しばらくして頭の上から聞こえてきた声に、アキラくんは指をグーにしたままぴきっと固まって
しまいました。
ぬくぬくの正体はお父さんでした。
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「あ……おとうさん」
アキラくんは強ばっていた指をゆっくりと開くと、グーパーを繰り返しました。
お父さんは厳しい顔でそんなアキラくんを見つめています。その怖さといったら、アキラくんが
もっと小さいときに碁石を口にいれてしまったときと同じ顔でした。
アキラくんは目をぎゅっとつぶって首を竦めました。
怒られてしまうに違いないと思ったからです。
「アキラ。こんな薄着で飛び出して…、どうするつもりだったんだ?」
しかし、お父さんの声はいつものように穏やかで、アキラくんはそっと目を開けました。
ドキドキしながらお父さんを見あげて、そしてアキラくんはきゅっとその懐に抱き着きました。
そして後ろを振り返り、池のほとりの大きな石を指差します。
「うさぎちゃんが、あそこにいるみたいだったの」
「うん?」
雪をかぶった石の上には、相変わらずウサギがしゃがんでいるように見えました。
「早く見に行かなきゃ、いなくなっちゃうでしょ。それに、おそとはさむいから、こごえちゃうもん」
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