病床小アキラ 28 - 31
(28)
「ぴょんって、しちゃおっかな〜」
アキラくんは両手で抱き着いてぐるぐると回していたカーテンから、ぱっと手を離しました。
レースのカーテンはゆっくりと回りながらまっすぐになり、今度は冷たい風を受けてぱたぱたと
そよいでいます。
アキラくんはカーテンを端の方に寄せて、開け放したガラス戸の前に仁王立ちになりました。
「おがたくんちの、おふとんみたいだねぇ……」
雪のふかふか具合を確かめると、アキラくんは両手を腰に当てたままほうっと溜息を吐きます。
この間、アキラくんは緒方さんの家に遊びに行きました。そこで初めて見たベッドがとても楽し
かったのです。お父さんが緒方さんと話している間、アキラくんは何度も机からベッドに飛び降り
て遊んだのですが、そんな緒方さんの家のふかふかの青色のベッドよりも、今日のお外はもっと
ふかふかしているように見えました。
「ど〜〜しよっかな〜〜」
アキラくんは歌いながらそろそろと後ろ向きに歩きます。5歩も歩くと、プーちゃん半纏でもこ
もこの背中に障子がトンとぶつかって、アキラくんはそれ以上後ろに行けなくなりました。
「ん〜んっんん〜〜」
アキラくんはそのまま障子に背中をこつこつとぶつけて遊んでいましたが、やがて『こつこつ』
は『ドンドン』になるころ、アキラくんはとうとう走り出しました。
「とうっ!」
(29)
アキラくんは踏み切りのタイミングを若干しくじってしまいましたが、両手両足をバンザイして
アキラくんなりに精一杯高くジャンプしました。
真っ白い地面が一度遠くなって、それからどんどん近付いてきます。
冷たい風がアキラくんのほっぺたを遠慮なく叩くので、アキラくんは目を開けていられずにとう
とう目をぎゅっとつぶってしまいました。
「きゃ〜〜」
アキラくんは小さく叫んで、バンザイのまま地球の重力にまかせてゆっくりと落ちていきました。
ところが、ふわふわの雪へダイブする瞬間のことです。アキラくんの身体は空中で止まってしまっ
たのです。
「んう?」
アキラくんが首を傾げていると、今度はふわっと身体が持ち上がり、アキラくんはひゅるひゅると
テープが巻戻されるように逆戻りしていきました。アキラくんがそれでもバタバタと手と足を動かし
ていると、やがてすっぽりと暖かい温もりに包まれます。
外に出ていた手足は思ったよりもずっと冷えていたようで、温もりに包まれるとピリピリと痛い
ほどに痺れてきました。アキラくんは身体を小さく縮こめて、ジンジンする痛みを堪えています。
「……アキラ」
しばらくして頭の上から聞こえてきた声に、アキラくんは指をグーにしたままぴきっと固まって
しまいました。
ぬくぬくの正体はお父さんでした。
(30)
「あ……おとうさん」
アキラくんは強ばっていた指をゆっくりと開くと、グーパーを繰り返しました。
お父さんは厳しい顔でそんなアキラくんを見つめています。その怖さといったら、アキラくんが
もっと小さいときに碁石を口にいれてしまったときと同じ顔でした。
アキラくんは目をぎゅっとつぶって首を竦めました。
怒られてしまうに違いないと思ったからです。
「アキラ。こんな薄着で飛び出して…、どうするつもりだったんだ?」
しかし、お父さんの声はいつものように穏やかで、アキラくんはそっと目を開けました。
ドキドキしながらお父さんを見あげて、そしてアキラくんはきゅっとその懐に抱き着きました。
そして後ろを振り返り、池のほとりの大きな石を指差します。
「うさぎちゃんが、あそこにいるみたいだったの」
「うん?」
雪をかぶった石の上には、相変わらずウサギがしゃがんでいるように見えました。
「早く見に行かなきゃ、いなくなっちゃうでしょ。それに、おそとはさむいから、こごえちゃうもん」
(31)
ブルブルと震えているアキラくんの小さな手を自分の懐に入れて、お父さんは溜息を吐きました。
ウサギの心配をする前に、アキラくんはまず自分の心配をしなければなりません。
「凍えてしまうのはおまえの方だよ。そんなに外に行きたいのなら、ちゃんと暖かくしてからだ」
お父さんはアキラくんを抱えたまま冷たい廊下を戻ると、アキラくんを緒方さんのお布団の上に降
ろしました。
「服を持ってくるから、アキラは緒方くんに温めてもらっていなさい」
確かにアキラくんのお布団もお父さんのお布団も、毛布が捲られたままになっていたのですっかり
冷たくなっているようです。
アキラくんはコクンと頷くと、モソモソと緒方さんのお布団の中に潜り込んでいきました。
お父さんはアキラくんがきちんと緒方さんのお布団の中に入るのを確認したあと、肩をぐるぐる
回しながら長い廊下を歩いていきます。背中のある一点に痛みが走りました。
「いかんな…。歳か?」
お父さんは苦虫をかみつぶしたような顔をしてさらに身体を右に捻ってみます。鈍い痛みは気の
せいではありませんでした。
「いかんな」
ジャンプしたアキラくんを夢中で抱き留めたとき、背中の筋を違えてしまったようでした。
|