病床小アキラ 32 - 33
(32)
耳を澄ますと、お父さんの控えめな足音がどんどん小さくなっていきます。
アキラくんの身体が冷え切っていたせいか、緒方さんのお布団の中は信じられないほどに暖か
でした。
お父さんに言われたとおりに、アキラくんはごそごそとお布団のトンネルを潜っていきます。
「あったかーいね。ほんとあったか〜い、ねぇ」
アキラくんはブツブツ独り言を言いながら、緒方さんのシャツにタッチしました。ぐっすり
眠っているらしい緒方さんの背中はとてもぽかぽかしています。アキラくんは両手両足で緒方
さんの背中におサルのようにしがみつくと、両方のほっぺたをこすりつけてうっとりしました。
「ぽかぽかしてるねぇ……」
緒方さんの背中はちっともふかふかではありませんが、その暖かさはまるで、お日さまをいっ
ぱいに浴びたお布団のようです。
アキラくんはしばらくうっとりしたあと、ほっぺたを真っ赤にしながら、緒方さんの身体を
軸にして枕上を目指しました。
お布団の中にずっと潜っていると、息苦しくなってくるのです。
やがて、背を向けて眠っている緒方さんのすぐ隣に顔を出すと、アキラくんは冷たい空気を
お腹いっぱい吸い込んでふうっと吐き出しました。すると、緒方さんの薄茶色の髪の毛がふわ
ふわ揺れます。アキラくんは楽しくなって、深呼吸を繰り返しました。
(33)
そうこうしていると、緒方さんの背中が大きく震えました。そしてさらにお布団の中に潜り
込もうとするのを、アキラくんは慌てて起き上がって阻止します。
「ねぇねぇおがたくん、まだねんねなの〜?」
アキラくんの手はまだ冷たいのか、緒方さんのほっぺたをペタペタ叩くと、緒方さんは一層
ビクリと身体を震えさせ、『そうだよ。まだねんねなんだよ』と投げやりに呟きました。
その様子はなんだか怒っているようでした。でも、まだ3歳のアキラくんはまだ緒方さんに
本気で怒られたことがないので怖くも何ともありません。
今度はお布団の上から緒方さんの上に乗りあげると、アキラくんは緒方さんの腕の真上にお
腹を乗せてゆらゆらとバランスを取って遊びはじめてしまいました。
「おがたくんはあついねぇ」
「……あつい?」
「とってもぽかぽかしているよ」
アキラくんはまた両手を緒方さんのほっぺたにぎゅっと押し付けます。
「ね?」
緒方さんは大きく溜息を吐くとお布団の中でもぞもぞしながら身体を動かして、アキラくん
の方をやっと向きました。瞼を薄く開けて、けだるそうに何度も瞬きをしています。
「――アキラくんの手はね…。氷のように冷たいよ……」
|