白と黒の宴 36 - 37


(36)
その時緒方は一瞬アキラに射すくめられたように動けなかった。
緒方に向けられた視線には、もはや兄弟子と慕い後を追って来た幼いひたむきな頃の
眼差しの面影はなく、ある意味対等さを要求するものに成り変わっていた。
そう緒方は感じた。
ただ、アキラにはその自覚はなかった。
アキラにしてみれば緒方に負い目を持って欲しくなかった。
だから電話でも緒方との事を母親に気取られる事の無い気遣ったつもりだった。
もう一晩緒方と過ごす気になったのは、実は自分でも良く分からなかった。ただ、このまま
緒方と別れると緒方が苦しむような気がした。そして、あの広い家で独りで夜を過ごすのが嫌だった。

緒方は無言でソファーから下り、そのままキッチンへ向かって冷蔵庫から
ミネラル水のペットボトルを取り出した。
それを直接口に運びゴクゴクと飲み下す。ハッキリとしたのど仏が動くのが分かる。
アキラはぼんやりと緒方の裸身を見つめていた。
長身に広い肩幅の骨格に均整のとれた逞しい筋肉が張り付いている。寝起きの現象で
陰茎が若干膨らみ起立しかかっている。
同性でありながら今の自分とは余りに違う造型物がそこにあった。
アキラは自分の手首に視線を落とした。
殆ど消えかかった社の指の痕の代りにくっきり残された新たな指の痕を見つめた。
緒方は洗面所に向かうと激しく水を出して顔を洗い、無言で出かける身支度を進めた。


(37)
「…怒っていますか。」
沈黙に耐えられずアキラは言葉を掛けた。
「怒ってなんかいないさ。」
そう言いながらも緒方はアキラの方を見ようとはしなかった。
髪を整え、眼鏡をかけ普段通りの隙を見せない二冠の棋士の姿になっていく。
「…好きにしろ。」
淡い色のスーツに身を固めると緒方はテーブルの上に部屋のスペアらしき鍵を置いて出ていった。
一人残されてアキラは急に寒気を感じ、毛布を身体に巻き付け、もう一度ソファーの上に横になった。
社の時と同様にやはり多少脱水症状を起こし、数回トイレに通った他はうつらうつらと
ソファーの上で寝て過ごした。
一度碁会所に電話を掛けて午後にあった指導碁を体調不良を理由に休ませてもらった。
今にも様子を見に自宅に来ると言い出しかねない市河をその必要はないと説得するのが一番骨が折れた。

どれ位時間が経ったか分からなかったが、誰かの手が額に触れる気配がして目を覚ました。
心配そうに覗き込む緒方の表情が間近にあった。
「何か食べたのか?」
アキラは首を振った。
「お水だけもらいました…」
「今は食べられるか?」
アキラは頷き、緒方の首に腕を回してしがみついた。緒方がこうして傍に居てくれる事が今は
嬉しかった。緒方もまた、そんなアキラを強く抱きしめ返して来た。



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